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1月14日
SpecialEdition 2011年にポルシェがトップカテゴリーに復帰する!

Photo:Sports-Car Racing

 昨年末12月21日ツァッフェンハウゼンのポルシェ博物館において、2009年のポルシェナイトが行われた際、ポルシェR&Dのウルフガング・デュルヘメイルは、GTカテゴリーの安定を主張して、長期的に安定したレギュレーションを運用することが重要であることを述べた。もちろん、わざわざ、GTカテゴリーのレギュレーションの安定性について述べた理由は、2010年強引にスタートされることとなった新制GT1カテゴリーへの危機感からだ。
 そしてポルシェがスポーツカーレースのトップカテゴリーに関心を持っていることを明らかとした。
 続いて台上に上がったポルシェAGのエクゼクティブディレクターのミハエル・マハトは、ポルシェのDNAの一部はモータースポーツであると述べると共に、ポルシェが二度とルマンでの勝利を望んでいない訳ではない、と話した。

 12月末シュツットガルトの出来事、直ぐにACOによって「2011年にポルシェがトップカテゴリーでルマンに復帰する」噂と表して、意味深なニュースとして世界中に発信された。
 実際2008年秋、2011年レギュレーションが公表され、2011年のLMP1カーが、現在のLMP1の車体+LMP2エンジンであることが明らかとなった後、ポルシェRSスパイダーLMP2カーが最良のベースカーと判断されたため、2011年にポルシェがLMP1に復帰するのは既定事実であると噂されていた。

 2007年から一般に販売されたRSスパイダーは、LMP1よりも高いLMP2カーとして話題になったが、その理由は、RSスパイダーがLMP2クラスのクラス優勝を狙うために作られたクルマではなく、ALMSで総合優勝を狙うために作られたためだった。5つの直線を持つルマンでは勝てなくても、ほとんどがテクニカルサーキットで開催されているALMSの場合、大きなパワーより軽い車重がアドバンテージだった。この点に目をつけて開発されていた。
 ところが、2008年以降ACOは、LMP1とLMP2は違うカテゴリーで、LMP2はLMP1の下のカテゴリーであることを明確とした。2010年のLMSの場合、LMP2はジェントルマンドライバーのためのカテゴリーであるとまで規定した。

 LMP1より高価なRSスパイダーの売れる状況ではなかった。しかし、もし、現在RSスパイダーを持っているのであれば、2011年にRSスパイダーをベースとして、LMP1の幅16インチのタイヤを履くよう開発することで、トップカテゴリーでも活躍出来るのではないか?と彼方此方で議論されるようになった。
 どうして、2009年になって、郷和道がRSスパイダーを導入したのか?理解出来るだろう。
 もちろん、新たに空力開発を行って、ボディワークを一新することが条件となるだろうが、この考えは、RSスパイダーに大きな可能性を与えて、トップカテゴリーでの活躍を望むレーシングチームの興味を集めることとなった。
 逆に、LMP2でのクラス優勝を望むだけのレーシングにとっては、RSスパイダーは分不相応な存在となった。

 このような状況から、ポルシェが2011年にトップカテゴリーに復帰するニュースは、驚くものではなかった。
 年明けになって、ポルシェのLMP1カーは、RSスパイダーをベースとしたクルマがカスタマーカーで、ワークスチームはハイブリッドカーを走らせると言うより信憑性の高い噂まで囁かれている。
*:2月初旬発行予定のSports-Car Racing Vol.19にて特集記事が掲載されます。

11月10日
SpecialEdition ストーブリーグ真っ盛りのスポーツカーレース

Photo:Sports-Car Racing

 岡山で行われたアジアンルマンシリーズを最後として、今年のスポーツカーレースは事実上終了した。そして現在ストーブリーグが活発に行われている。二大ワークスのアウディとプジョーは、2010年もルマンを中心として活動する計画を立てている。ルマン以外にも、2009年同様セブリング12時間と“プチ-ルマン”への参加が見込まれているが、これらについては、現在のところ最終決定ではないようだ。
 1ヶ月前に行われた“プチ-ルマン”へ、アウディは大々的に改良したR15を送り込むと思われていたが、実際にアトランタにやって来たのは、ルマンの時と大きく変わらないマシンだった。しかし、ルマンで2度のクラッシュの原因となった電気系トラブルを解決した結果、ウェットコンディションの決勝レースで、プジョーを上回る速さを披露した。
 現在アウディは、R15の改良モデルの開発に取り組んでいる。既に12月に走り出すことが噂されているように、早い段階でテストを開始することは間違いないようだ。2月にセブリングで行われるALMS合同テストで公開されるだろう。

 今年旧型のアウディR10を走らせたコリン・コレスは2010年の活動を決定している。今年のコレスR10は、昨年まで圧倒的なパフォーマンスを見せつけたR10の評判を落としてしまうような、ポテンシャルしか見せてない。アウディにとって、大きな失敗であるとさえ噂されていたが、当のアウディはカスタマーとして割り切っているようだ。
 2010年ACOは、再度ディーゼルエンジンのポテンシャルの引き下げを実施する。ACOは5%引き下げをアピールしているが、当方の評価では約3%の引き下げだ。しかし、アウディとプジョーのワークスチームにとっては5%程度の引き下げは大きな問題ではないかもしれないが、旧型のR10を走らせるコリン・コレスにとっては大問題だ。
 既に今年でさえ、アストンマーティンやペスカロロに太刀打ち出来なかったため、コリン・コレスは、ACOに対して、自分達の旧型のアウディR10ディーゼルエンジンカーに限って、性能引き下げを免除するよう要求した。

 チャンピオンやチームゴウ等ルマンウイナー達がR10の供給を要求した時、アウディは拒否している。ところが、スポーツカーレースでは素人同然だったコリン・コレスが交渉した結果、アウディはR10の供給に同意している。その後、コリン・コレスのレーシングチームが素人同然だったことが判明して、急遽アウディスポーツとチャンピオンからエンジニアを雇い入れるようになったことを見ても、コリン・コレスの交渉術は恐るべきものがある。この交渉術はACOに対しても効果を発揮したようで、取り敢えずACOは、LMSに限って、コリン・コレスのアウディR10に対する性能引き下げの見送りを決定した。しかし、ルマン24時間は、特例処置の対象から除外される見込みだ。同時にACOは、コリン・コレスに対して、LMSとアジアンルマンシリーズ全戦への参加の約束を、特例処置を施行する条件とした。つまり、2010年のアジアンルマンシリーズには、少なくともコリン・コレスの2台のR10はやって来る。

 プジョーもカスタマーチームによって908を走らせる計画だ。今年プジョーは、ペスカロロに908を貸し出した。しかし、その後ペスカロロはSORAコンポジットによって買収されたため、現在ペスカロロは、プジョーにとって候補に過ぎないようだ。その後今年アキュラのワークスチームとしてALMSのチャンピオンとなったハイクロフトや、ジル・ド・フェラン、ORECA、シグナチュレ(日本ではシグナチャと呼ばれる)とも交渉していることが判明している。
 先週フランスのレ・キップ誌は、プジョーがハイクロフトと提携してルマンとALMSで908を走らせると掲載したほどだ。残念ながら、現在のところハイクロフトからもプジョーからも、2010年の発表はない。

Photo:Sports-Car Racing

 このハイクロフトが、2009年から2010年のストーブリーグの中心となっている。10日前当Sports-Car Racingも、ハイクロフトの状況を掲載した。その際ローラのオーダーのデッドラインが11月始めと判断したため、直ぐに決着する話と考えていた。ところが、ハイクロフトは突然宙に浮いたトップチームであるだけでなく、スポンサーに頼らず、オーナーのダンカン・デイトンの資金だけで活動可能であることは、メーカーやコンストラクターにとっても大きな魅力だったようで、現在でも争奪戦が繰り広げられている。
 ハイクロフト争奪戦には、偶然にも童夢も参戦しかけた。童夢にとっても突然降って沸いた話だったため、おっとり刀で駆けつけたところ、相手がワークスチームであることが判明したようで、現在のところ、どのタイミングで竹槍を突き出すか、思案中と言ったところかもしれない。

 ハイクロフトとの提携を最も望んでいるのはローラだ。ローラは12月に2011年レギュレーションにも対応可能なニューマシンを発表する。2011年のLMP1が、ガソリンエンジンの場合3.4リットルV8に統一されることは知っているだろう。2009年にハイクロフトが使ったアキュラの4リットルV8は、3.4リットルV8とほとんど同じ大きさなのだ。アキュラの4リットルV8は、3.4リットルV8と置き換えることは充分に可能なのだ。既にハイクロフトは、2010年にもアキュラからエンジン供給の約束を取り付けていることを公表している。
 であるから、2011年以降を見据えた場合、ローラとアキュラの双方にとって、2010年にハイクロフトがローラのニューマシンを走らせることは、非常に都合が良いプランと言えるだろう。

Photo:Sports-Car Racing

 岡山へ詰めかけたスポーツカーファンの多くはローラ-アストンマーチィンが目当てだった方々も多いことだろう。ローラ-アストンマーティンを開発したプロドライブは、10年ほど前CAREのフレデリック・ドールの要望でフェラーリ550マラネロGTSカーを開発した時から、スポーツカーレースに参入した。私は、つい最近まで知らなかったが、現在のローラ-アストンマーティンのプロジェクトもフレデリック・ドールによるものらしい。
 3台存在するローラ-アストンマーティンは、ローラのシャシーNoだけでなく、アストンマーティンのシャシーNoも与えられている。2台はシュロースに、1台はプロドライブ自身が買い取った。シュロースはアストンマーティンに固執してないようで、既に1台を北アメリカのコレクターに売却している。このコレクターがレースでの活躍を望むのであれば、2010年ALMSでローラ-アストンマーティンの姿を見ることが出来るだろう。
 プロドライブが所有するローラ-アストンマーティンは、元々日本のコレクターに販売する計画だった。そのため、3ヶ月前に日本のコレクターを集めた説明会まで開かれている。これらのアレンジを行ったのもフレデリック・ドールだったと考えられている。アストンマーティンサイドが提示した金額は2億円だった。2年前のドバイであれば通用した金額だったかもしれないが、2009年の日本でアウディやプジョーのワークスチームに負けたクルマを2億円で買うコレクターは居なかった。そのため、現在でも、このクルマは世界中のミリオネラに対して売りに出されている。
 2010年のアストンマーティンは、持ち主が違う既存の3台が中心で、現在のところニューマシンを作る計画はない。
*注:Sports-Car Racing Vol.16とVol.19を参照して下さい

Photo:Sports-Car Racing

 10日前に掲載した様に、アキュラは自身によるプロジェクトをキャンセルした。既にジル・ド・フェランとフェルナンデスはALMSでの活動を取り止めたが、ハイクロフトが活動継続を表明して、先に記した様に、着々と準備に取り組んでいる。元々フェルナンデスのクルマは、HPDの所有ではなくフェルナンデスの持ち物だった。2週間前フェルナンデスは、イギリスのストラッカにアキュラARX-01bを売却した。アキュラ購入の際ストラッカは、それまで走らせていたザイテック09Sを£300,000で売りに出している。ストラッカの選択は、別にザイテックの性能が物足りなかったことが理由ではなく、ストラッカが買ったザイテックが強力なチームが参加するLMP1であって、ジェントルマンドライバーが乗り組むストラッカの手に余ることが、アキュラARX-02bを購入した理由だったようだ。
 昨日イタリアのJASは、HPDから2008年にAGRが走らせたARX-02bを購入する予定であることを発表した。ホンダのツーリングカーレースを行っていたJASであるため、アキュラを走らせるのは理解し易い決定だが、ホンダ自身が関わっている訳ではないらしい。JASの発表によると、1台か2台となっている。と言うことは、HPDが所有する最後の1台か、ハイクロフトから購入する計画なのだろう。

Photo:Sports-Car Racing

 ストラッカが抜けるザイテックは、3年前までザイテックを走らせたJOTAが復活する。既にスネッタートンでテストを行っており、近々正式に発表されるだろう。ザイテック自身はハイブリッドカープロジェクトを一層進める計画だ。F1GPで使われなくなることもあって、現在ザイテックを行っている回生ブレーキと電気モーター方式でない、F1GPと同じ弾み車を使う方式等が、投入されるのではないだろうか?
 1年前プロジェクトを棚上げとしたエンバシーは、エリック・エラリーがデザインしたLMP2カーの開発を再開している。既にルマンとLMSへの参加を発表している。

Photo:Sports-Car Racing

 岡山で勝って、初代のアジアンルマンシリーズLMP2タイトルを獲得したOAKレーシングは、ペスカロロシャシーを使ったLMP2プロジェクトだけでなく、新たにLMP1プロジェクトを開始する。既に新たなコンストラクターと契約間近で、早ければ来週早々プロジェクトは発表されるだろう。現在のところ発表前であるため、どのコンストラクターと提携したのか、明らかとすることは出来ない。しかし、あっと驚くコンストラクターであることだろう。

Photo:Sports-Car Racing

 チームゴウが活動を取り止めたのは既報通りだ。現在チームゴウは所有するポルシェRSスパイダーの売却交渉を進めており、近く契約が成立する見込みだ。ヨーロッパのレーシングチームへの販売が噂されていたが、あっと驚く日本のレーシングチームが購入に名乗り出たため、大きな障害がない限り、日本の強豪チームに売却されるだろう。
 ポルシェRSスパイダーについては、ドイツで、エレン・ロール女史を乗せて走らせる計画が進められている。既にエレン・ロールの関係者が世界中に計画を公表しているが、現在のところ正式には発表されていない。かつてミハエル・ミューマッハとドイツF3で争ったエレン・ロールのファンは多く、DTMで見られなくなったことを悲しむ支援者達の後押しで進められている計画であるようで、早い段階からポルシェと交渉を行っている。

Photo:Sports-Car Racing

SpecialEdition
今しか出来ないACO/FIAのGT2とGT300の融合

Photo:Sports-Car Racing

 先週岡山でアジアンルマンシリーズは行われた。もちろん、参加したクルマはACOレギュレーションによって開発されたスポーツカー達だ。その中でGT2クラスへは、日本のSuperGTで走っているのと同じチームダイシンのフェラーリF430GT2とハンコックKTRのポルシェ997GT3RSRが参加した。シーズンを通してSuperGTに参加しているダイシンのフェラーリは、4月に岡山で行われたSuperGT開幕戦の際1,075kgの車重と26.5mm×2のリクトリクターの組み合わせで参加している。アジアンルマンシリーズの場合、同じダイシンフェラーリは1,145kgの車重と27.4mm×2のリストリクターの組み合わせで参加した。アジアンルマンシリーズの車重とリストリクターについては、2009年のACOのGT2レギュレーションで選択可能な最も軽い車重は1,145kgで、排気量4リットルのNAエンジンを使う場合27.4mm×2のリストリクターの使用が義務付けられることによる。

 対するSuperGTは少々複雑だ。2009年ACOとFIAがGT2のレギュレーションの一部を変更して、選択可能な車重を20kg重い1,145kgとする一方、リストリクターの大きさを1段階小さくしている。しかし、JAFGTの場合、1年前のFIAのGT2レギュレーションをベースとしている。ダイシンがACOやFIAのGTレースカーはシャシー性能が低いと判断して1段階軽い車重である1,075kgでの参加を求めると共に、GTAが2009年に一律に性能を引き下げるためリストリクターを縮小した結果、リストリクターの大きさは26.5mm×2となった。
 この状態で実際に岡山を走って、4月のSuperGT開幕戦の際ダイシンフェラーリは1分32秒275を記録している。
 先週ACOレギュレーションで岡山を走った場合、ダイシンフェラーリのラップタイムは1分31秒733だった。
 この2つのラップタイムだけ比べると、ACOレギュレーションの方が速いように見えるかもしれない。

 現在ACOとFIAのGT2カーが選択可能な最も軽い車重は1,145kgであるから、ルール上は不可能だが、車重1,145kgと27.4mm×2のリストリクターの組み合わせを2段階軽い車重にスライドすると、1,045kgの車重と26.6mm×2のリストリクターの組み合わせとなる。つまり、ダイシンフェラーリのSuperGTパッケージは、ACOとFIAのGT2カーの-0.5段階の状態であることが判る。たった0.5段階の差にしては0.5秒のタイム差は大きすぎると思うかもしれないが、元々ミケロットは28.1mm×2のリストリクター付きでフェラーリの4リットルV8を開発しているため、26.5mm×2は小さすぎる。そのため、その後ダイシンは1,150kg程度まで(ハンデウエイトの有無によって違い有)車重を増やして、27mm×2の大きなリストリクターを組み合わせた。そうしたところ、素晴らしい速さを発揮するようになった。

Photo:Sports-Car Racing

 4月に岡山で行われたSuperGT開幕戦の際ポールポジションを獲得したのは、ジムゲイナーのフェラーリF430だった。ジムゲイナーフェラーリはSuperGT専用として開発された気合いの入ったマシンだった。彼らのポールポジションのタイムは1分31秒860だった。ジムゲイナーはアジアンルマンシリーズ岡山で、新たに導入したACOのGT2バージョンのフェラーリF430GT2で参加している。そして1分31秒283を記録して予選2位を獲得した。たった1週間前にデリバリーされたマシンであることを考えると、その速さが判るだろう。

 フェラーリF430GT2は、昨年までに生産を終了したが、現在でもアップデイトは続けられており、ダイシンのマシンが2007年モデルをベースとしたバージョン3、ジムゲイナーのマシンは最終バージョンの2008年モデルで、テストで使われていたバージョン4だった。現在ではバージョン5も存在するが、ダイシンとジムゲイナーのフェラーリF430GT2は、限りなく最新バージョンに近いと言えるだろう。
 最新のACOとFIAのGT2カーは、SuperGTのGT300マシンと同等の速さを持っている。

 SuperGTの場合、ACOとFIAのGT2カーとの性能調整を、古いポルシェ996GT3Rを対象として行ってきた。少し前までSuperGTに参加するACOとFIAのGT2カーは古いポルシェ996GT3Rしか居なかったため、そうせざるを得なかった事情でもあるが、その結果非常に歪な性能調整が行われるようになってしまった。遅いクルマに対して、闇雲に大きなリストリクターを与えた結果、遙かにラップタイムが速いクルマが、ストレートスピードの遅さから、遅いクルマを抜くことが出来ずに、走り続けるようなレースがしばしば見られるようになった。
 ダイシンやジムゲイナーのフェラーリF430GT2の速さを考慮すると、既に古いクルマに奇妙な性能調整を行う理由はないように思える。古いポルシェ996GT3Rを走らせているレーシングチームにとっては、少ない予算で活躍出来る可能性が古いポルシェ996GT3Rしかない、と言う切実な理由がある。世界中のGTレースで、古いポルシェ996GT3Rが走っているのがSuperGTだけである状況を考えても、古い996GT3Rは近い将来自然消滅することだろう。

 元々レギュレーションが違うACOやFIAのGT2マシンをGT300への参加を認めた理由は、ACOとFIAのGT2マシンは、買ってくることが可能だったためだ。どんなにAPRカローラや紫電が速くても、それらはオーダーメイドであって、しかもSuperGTでしか走れない。そのため、コンストラクターでないレーシングチームにも活躍の機会を与える目的で、買ってくることが出来るACOとFIAのGT2カーの参加を認めた。
 つまり、成功を望むレーシングチームは、独自にマシンを製作する高い技術を持たなくても、最新のフェラーリやポルシェ等、たくさん選択可能なACOとFIAのGT2カーを買ってくることで、成功出来るチャンスをつかむことが出来る。

 ここで今しか出来ない、大きな可能性が生まれたことに気づいただろうか?
 買ってくることが出来るACOやFIAのGT2カーの参加が増えるのであれば、先に述べた様に、現在GT300に参加する場合、微妙に異なっているACO/FIAのGT2カーに対するルールを同一とすることが求められる。現在でも、たった0.5段階であるから、大きな障害無しに、すり合わせることが出来るだろう。ACOやFIAのGT2カーとGT300の速さが拮抗している今でなければ、行うこと出来ない改革だ。

 ACOやFIAのGT2カーが、完全に同じ状態でSuperGTに参加出来るのであれば、世界との交流が可能となる。岡山で行われたアジアンルマンシリーズへは、最強のポルシェGTチームと言われるフェルベマイヤー・プロトンのポルシェ997GT3RSR、北アメリカで限りなくワークスチームに近い存在であるレイホール・レッターマンのBMW、ロバートソンレーシングのフォードGT等がやって来た。GMワークスのコルベットレーシングも、現在GT2バージョンのコルベットZ06を走らせているのだ。これらの興味深いGT2カーがSuperGTへ参加することも可能となる。ワークスコルベットとAPRのシャコタンカローラが競い合う姿を見たいと思うのは、私だけではないだろう。

Photo:Sports-Car Racing


10月21日
SpecialEdition
2010年GT1カテゴリーに2009年マシンの参加が許される!?

Photo:Sports-Car Racing
左が2009年までのGT1、右が現在走っているGT2バージョン

 現在スポーツカーレースを巡る最も困った話題は、来年リニューアルされるGT1クラスに参加するクルマが居ないことだ。2010年の新制GT1はFIAGT主導で創設された。元々エントリーが激減していたカテゴリーだったため、ACOもFIAGTと連動して新制GT1の導入を決めた。新制GT1は、従来のGT1とはまったく違い、どちらかと言うと、ロードカーを発展させた従来のGT3をベースとして100馬力大きなエンジンパワーを与えたようなカテゴリーだ。
 そのため、従来のGT1カーの様に特別なホモロゲイションモデルを25台作らなくても、参加が可能と考えられたため、大きくコストが削減出来ると思われた。しかし、これまで32台も作られたアストンマーティンDBR9や、現在GT1カーの中心となっているコルベットC6Rは参加することが出来なくなってしまう。
 また、わざわざロードカーベースのカテゴリーとして新設されたにも関わらず、ロードカーとは違ったクルマによるGT1カテゴリーへの参加を求めるメーカーが現れたことから、スタート前から非常に複雑な状況を抱え込んでしまった。

 昨年秋以降の急激な景気後退の影響もあって、2010年に新たなGT1カーの開発を表明したのは、たった3つのコンストラクターだけだった。たった3つしかコンストラクターが存在しなくても、それぞれが10台の新制GT1カーを作って販売すれば、立派に新カテゴリーとして成立するが、残念なことに、フォードGTの新制GT1カー開発を表明したMATCHは、たぶん1台か2台だけしかGT1カーを作らない。第一フォードの支援を受けている訳ではないようだ。レイターは世界中のランボルギーニファンにガイヤルド560を売り込んでいるが、これまで購入を決定した発表はない。最後のニスモは、元々がセダンベースであるため、勝敗を優先するプライベートチームへの販売は限られると考えられている。
 つまり、たった3台か4台が新制GT1カーの総てと考えられている。

 この状況から、早い段階でALMSは、2010年にGT1クラスを設けないことを発表している。推進役であるFIAGTのステファン・ラテルは、機会ある毎新制GT1カーのプロモーションを行っているが、先週モナコで行われたFIAワールドGT1チャンピオンシップの発表会の席でさえ、誰が参加するのか?発表することが出来なかった。
 最も注目を集めたACOは、2週間前「新制GT1カーを作るコンストラクターが、2010年のレースシリーズ(LMSかアジアンルマン)への参加を約束して、ルマン前までに実際にレースに参加すること」を条件として、一応2010年に新制GT1カテゴリーを設けることを発表した。
 ところが、この状況であるため、例え3つのコンストラクターが、ACOの設けたハードルをクリア出来ても、たった3台でクラスが成立するとは考えられないため、実際は2010年のルマンでGT1クラスは存在しないと思われていた。

Photo:Sports-Car Racing                                                    Photo:FIAGT/DPPI
左がドランが作ったGT2バージョン、右がMATCHの2010年GT1バージョン

 9月に2009年のLMSがシルバーストーンで終了した時、チャンピオンを獲得したルック・アルファンは「2010年もコルベットでLMSとルマンに参加する」と発言していた。その時誰もが、ルック・アルファンは、既に存在している(ロードカーベースの)Z06コルベットのGT2バージョンをベースとして、プラット&ミラーかライリー等に新制GT1カーをオーダーするものと考えていた。ところが、その後ルック・アルファンは、彼が所有している2台のコルベットC6Rをベースとして、新制GT1バージョンへ変更したクルマを使う目論みであるのが判明した。
 コルベットC6Rは、ロードカーと関係ない、完全なレーシングカーであって、新制GT1カーとして、例えベースカーとする場合でもレギュレーションンに合致しないと考えられている。そのため、純粋なロードカーであるZ06コルベットをベースとするものと考えられていたのだ。
 また、3週間前ロードアトランタで“プチ-ルマン”が行われた際、GMは「GM自身がコルベットの新制GT1カーを開発するつもりはない」と発言している。オーダーがあった場合は?との質問に対しては「既にZ06コルベットのGT2バージョンが存在するため、Z06コルベットのGT2バージョンをベースとするだろう」と発言していた。
 つまり、GMとして、ロードカーと関係ないコルベットC6Rをベースとして、新制GT1カーを開発するつもりは無い。

 ところが、現在のままでは2010年に新制GT1カテゴリーは存在不可能であるため、従来のGT1カーをベースとしたグレードダウンバージョンを、新制GT1クラスへの参加を認めるための話し合いが行われている。
 2週間前、ACOが2010年のGT1クラスについて発表した際、ホモロゲイションについて、ガイドラインさえ何も述べなかった。新制GT1カーの参加資格は不透明だった。
 そして、アストンマーティンDBR9を抱え込んでいるプロドライブとルック・アルファンが、従来のGT1カーをベースとして、グレードダウンしたクルマによって、新制GT1クラスへの参加を求めていたことが判明した。
 2005年に登場したアストンマーティンDBR9は、2006年から3年間のリース契約によって、世界中のレーシングチームに貸し出された。32台が作られたアストンマーティンDBR9は、昨年末、そのほとんどがプロドライブに返却されている。最初のプロドライブの計画では、3年間のレース活動によって、レースヒストリーを身につけたDBR9を、高値で世界中のコレクターに販売する予定だった。残念ながら、昨年秋以降の急激な景気の後退によって、この計画は大きく来るってしまったため、残されたたくさんのDBR9によって、何らかの商売を行うことを考えていたのだろう。

 現在漏れ伝え聞く内容によると、ACOは2009年までのGT1カーをグレードダウンしたクルマによる新制GT1クラスへの参加を認めるようだ。しかし、どの程度のグレードダウンなのか?ACOは答えようとしない。
 予想されることだが、ACOは、従来のGT1レギュレーションにも合致しなかったため、参加を認めなかった幅2.1mのマセラッティMC12については、参加を拒否するらしい。


10月12日
SpecialEdition
GT300戦線異状有り!

Photo:Sports-Car Racing

 主に3つのメーカーだけが参加するGT500クラスと違って、様々なクルマが競い合うGT300クラスは、同じ速さを実現出来るレギュレーション作りが非常に困難なカテゴリーだ。特に世界中の様々なクルマの参加を促進しようとした結果、SuperGTのレギュレーション上参加資格が無いクルマや改造範囲が超えたクルマでさえ、特認扱いで参加を認めた結果、非常に複雑な状況に陥ってしまっている。中でもSuperGTの伝統的な問題は、日本固有のJAF-GTレギュレーションに従って作られたマシンと、FIAやACOレギュレーションに従って作られたクルマとの速さの調整にある。

 JAF-GTとFIA/ACOレギュレーション間の問題は、1995年ポルシェ993GT2が登場した時N-GT1クラス(現在のGT500)で発生した。しかし、当時JAF-GTマシン自体開発が始まったばかりだったことから、JAF-GTとFIA/ACOの大きな違いは、改造範囲と言うより、JAF-GTが2インチ幅広いタイヤを履くのに対して、FIA/ACOのマシンは約40馬力大きなパワーを与えられていることだった。当時この程度のレギュレーションであっても非常に上手く機能していた。

 GT500クラスの場合その後急激にJAF-GTマシンの開発が進んだため、あっと言う間にFIA/ACOレギュレーションのマシンは少数派となって、現在では時折一ツ山レーシングのアストンマーティンDBR9が登場するだけとなった。
 しかし、基本的に総てがプライベートチームであるGT300クラスの場合、ポルシェがFIA/ACOのGT2クラスをターゲットとして販売しているGTレースカーが多数日本に持ち込まれたこともあって、JAF-GTとFIA/ACOの2つのレギュレーションのマシンの性能調整は、現在でも重要な課題となっている。

 これまで、GT300クラスにおけるJAF-GTとFIA/ACOのレギュレーションの調整を考える場合、FIA/ACOレギュレーションのマシンのベンチマークはポルシェだった。ポルシェは2007年に997モデルをデビューさせているが、日本で走るポルシェは古い996モデルがほとんどで、チーム間の格差もあって、多少FIAやACOのレギュレーションより改造範囲が超えていたとしても、ポルシェであれば、ほとんど無条件で大きなリストリクターを与えられた。
 最新の997モデルは、2007年ハンコック/KTRによって、1台だけ導入されている。しかし、従来の996モデルより100kg重い車重を選択して、2インチ幅広い14インチタイヤを履く997GT3RSRのコンセプトは失敗で、最初の997GT3RSRは世界中のGTレースで負け続けた。もちろんSuperGTも例外ではなかった。
 その結果、2インチ幅広いタイヤを履に200cc排気量が大きいエンジンを積むにも関わらず、古い996よりも大きなリストリクターを取り付けて997GT3RSRはSuperGTを走るようになった。ねじれ現象の始まりだった。

 FIAやACOのレースでポルシェ997GT3RSRが負け続けていた相手はフェラーリF430GT2だった。ミケロットが開発したフェラーリF430GT2は非常にバランスが良いクルマで、テクニカルサーキットとハイスピードコースの両方で素晴らしい速さを披露して、ポルシェを圧倒した。もちろん、ポルシェは全力で997モデルの改良に取り組んだが、2008年夏ポルシェが4ℓエンジンを完成させるまで、フェラーリのワンサイドゲームは続いた。ポルシェは2009年に改良型997GT3RSRをデビューさせたて、やっとフェラーリを追う用意が整った。
 FIAとACOのGT2は、かつてないハイレベルな闘いに突入しようとしていた。

 2009年のSuperGTには、非常に興味深い2台のフェラーリと2台のポルシェが参加している。フェラーリの2台とは、新たにJAF-GTレギュレーションに基づいて独自に開発したJimGainerチームのF430とチームダイシンが導入したFIA/ACOGT2レギュレーションに基づいて作られたF430GT2だ。ポルシェの2台は、タイサンがJAF-GTに基づいて長年開発を進める996とハンコック/KTRのFIA/ACOレギュレーションの997だ。

 これまで性能調整に苦労したため、2009年のSuperGTがスタートする前、GTエントラント協会(GTE)が中心となって、JAF-GTとFIA/ACOの基本的なレギュレーションだけでなく、特認扱いのクルマも含めて、参加チーム自身によって、ライバル達の性能評価を行った。この評価を加味して2009年のリストリクター径と車重は決められた。
 これほど苦労して作られたレギュレーションであるから、誰も大きな問題が潜んでいるとは考えてはなかった。

 今年完全に新しく開発したJimGainerのF430は期待通りの速さを発揮して岡山で行われた開幕戦でポールポジションを獲得した。残念ながらニューマシンらしいトラブルによって、JimGainerフェラーリは優勝することは出来なかったが、少なくとも岡山では、誰もがレギュレーションが上手く機能していると考えていた。
 ところが、リニューアルされた鈴鹿で第2戦が行われた時、致命的な間違いが顔を出した。去年まで下位に低迷していたハンコック/KTRの997がポールポジションを獲得して、ダイシンのFIA/ACOのフェラーリが予選2位からスタートした。そしてポールポジションからスタートしたハンコック/KTRの997は、そのまま優勝してしまった。

 それでも、今年ハンコック/KTRは4レースしか参加しない計画だったため、誰もが大きな問題ではないと考えようとしていた。ところが、続いて富士スピードウェイで第3戦が行われた際、最高速度の計測を行った結果、JAF-GTレギュレーションで作られたJimGainerのF430とFIA/ACOレギュレーションに基づいて作られたダイシンのF430の間に15km/h以上の差が存在することが明らかとなった。
 以前のFIA/ACOレギュレーションのGTレースカーと違って、フェラーリF430GT2は素晴らしいコーナーリングスピードを持っていたため、大きなリストリクターのアドバンテージがそのまま活かされた結果だった。
 第一それまでSuperGTがベンチマークとしていたFIA/ACOレギュレーションのクルマは古いポルシェ996だった。
 最高速度は遅くても、JimGainerのF430も予選4位を獲得したため、通常の成績に応じたウエイトハンデが加算されることによって、次第に性能は拮抗すると希望的に考えられていた。

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 ところがSUGOで第5戦が行われた際、問題を決定つける事態が発生した。予選のタイム争いはハンコック/KTRのポルシェ997とダイシンのフェラーリF430GT2の間で行われ、ダイシンフェラーリがポールポジション、ハンコック/KTRポルシェ997が予選2位を獲得した。途中激しい雨が降る大荒れの決勝レースでハンコック/KTRのポルシェ997が優勝したため、やっと以前と違って、FIA/ACOレギュレーションのGTカーが速いことを、誰もが認めるようになった。

 その後ダイシンフェラーリは第6戦鈴鹿でもポールポジション、第7戦富士スピードウェイでは予選2位からスタートして、JimGainerフェラーリとの熾烈な争いに勝って初優勝を達成した。

 既に第3戦富士スピードウェイの後、FIA/ACOレギュレーションのクルマが速過ぎることについて、話し合いが行われている。その後も続いたハンコック/KTRポルシェとダイシンフェラーリの活躍によって、最新モデルであればFIA/ACOレギュレーションに基づいて作られたGTカーは、充分に高いポテンシャルを持つことが証明された。今後レギュレーションを見直す声は、より一層高まることだろう。

 2007年に997が登場した後、世界中のトップレベルなGTレースで古い996が走るのは日本のSuperGTだけだった。ロードカーをベースとするGTレースは、最新のマシンが速いことは当然の出来事であって、その結果レーシングチームは最新のGTカーを導入して、古いクルマは、マイナーカテゴリーへ参加するアマチュアに払い下げられる。これがGTレースのセオリーだ。残念ながら、様々なレギュレーションで作られたクルマの速さ整えるため、性能調整や特認が当たり前となったSuperGTでは、このGTレースの基本的なセオリーが崩れてしまったようだ。
  今後JAF-GTとFIA/ACOレギュレーションの関係が見直されることとなるだろうが、このGTレースの基本的なセオリーが崩れたままであれば、どんどんファンは消してしまうのではないだろうか?


10月6日
SpecialEdition
2010年のルマンのGTクラスの中心はGT2  2010年にGT1は存在するのか?

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 8月末ニュルブルクリンクで行われたLMSの際ACOは、2010年のLMP1、LMP2、そしてGT2のレギュレーションを公表した。先週にはこの3つのカテゴリーのレギュレーションは正式に発表されている。ところが、現在に至るもGT1クラスのレギュレーションは発表されてない。
 2年前ACOは「2010年から、GTクラスはFIAと連携する」と発表している。その後ACOは何も発表してないが、FIAは、FIAGTのオーガナイザーであるステファン・ラテルが、機会ある毎、2010年の新制GT1についてアピールしている。
 ところが、積極的なFIAであっても、2010年のFIAGTのGT1クラスに何台が参加するのか?怪しい状況だ。ニッサンGTR、フォードGT、そしてランボルギーニも新制GT1カーを作るかもしれない。残念ながら、現在のところ、この3台が、2010年のFIAGTのGT1クラスの総てと考えられている。

 今年世界中のスポーツカーレースで、GT1クラスに参加したワークスチームはGMワークスのコルベットレーシングだけだった。しかし、コルベットレーシングは6月のルマンが終了すると、GT1での活動を取り止めて新たにGT2コルベットを開発してALMSのGT2クラスへ参加している。この結果世界中のスポーツカーレースからGT1クラスをターゲットとするワークスチームは姿を消してしまった。
 元々GMワークスのコルベットレーシングを除くと、2年前まで時折参加したプロドライブだけが有力なGT1クラスのエントラントだったALMSは、コルベットレーシングが姿を消した結果GT1クラスは消滅してしまった。
 既に2ヶ月前公表されていたように、先週ALMSのスコット・アタートンは、ロードアトランタで正式に2010年のALMSのレギュレーションを発表して、2010年のALMSのGTクラスはGT2がトップカテゴリーで、その下にGT3カップを設けることを発表した。GT1クラスについてはテクニカルレギュレーションさえ設けないことを確認した。

 ロードアトランタでスコット・アタートンが発表した際、ACOのダニエル・フェルドリックスに対して、「2010年のルマンではGT1クラスを設けるのか? もし、GT1クラスを設けるのであれば、2009年のGT1カーであるのか? それとも、FIAが推進している新GT1であるのか? そして誰が参加するのか?」次々と質問が浴びせられた。
 しかし、ダニエル・フェルドリックスは、これらの総ての質問に応えなかった。

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 少なくとも来年からALMSのGTクラスのトップカテゴリーとなるGT2クラスは、現在GMワークスのコルベットレーシングだけでなく、最初
ディーラーチームレベルと考えられたボビー・レイホールのBMWは、レース毎速さを増すようになって、少なくともセミワークスチームと考
えられている。フライングラザードの強力なポルシェ、ジョゼッペ・リシーのセミワークス格のフェラーリ、PTGパノス等見応えのあるカテゴ
リーに成長している。 そのため、1台か2台しか参加しないような中途半端なGT1クラスは不要との意見は少なくない。

 現在のところFIAGTのステファン・ラテルは、2010年のFIAGTで、新制GT1カーによるクラスを設けることを諦めていない。しかし、誰が参加するのか? 約束出来ない状況であるらしい。オートエクドのジャン・マルク・テセドレによると、「これまでも、レギュレーションに合致しないマセラッティMC12を参加させていることでも想像出来るように、ステファン・ラテルとFIAは、2009年までのGT1カーに対して特別に参加する権利を与える一方、2009年のGT1カーに性能調整を加えて、2010年の新GT1カーと共に走らせて、GT1クラスを成立させるらしい」と言う。
 テセドレの発言を支持するように、プロドライブは「2009年以前のGT1カーであるアストンマーティンDBR9のホモロゲイションが認められるのであれば、2010年のGT1レギュレーションに合わせて開発する」と発言している。
 プロドライブの発言は、幾つかの点で要注意だ。2010年のGT1カーは、それ以前のGT1と違って、むしろGT3カーをベースとしたカテゴリーだ。アストンマーティンには、アストンマーティンDBRS9と言う正真正銘のGT3カーが存在するのだ。DBRS9をベースとすれば、新たにホモロゲイションを申請するだけで、何の問題もなく新しい2010年のGT1カーを開発することが可能となる。どうして、プロドライブがこのような発言をするのか?と言うと、32台作られたアストンマーティンDBR9は、そのほとんどが、レーシングチームにリースされてGTレースに参加した。リース期間は2006年からの3年間であって、既に、貸し出されたDBR9のほとんどはプロドライブに返却されている。
  プロドライブは、これらの中古車のDBR9を活用しようとしているのだ。
 もし、プロドライブの希望をFIAが認めるのであれば、新たに2010年のGT1カーを開発するメーカーやコンストラクターは姿を消してしまうことだろう。

 また、エンデュランスインフォのクロード・フーボルトは「ニッサンGTRが2010年のFIAGTへの参加を約束している」と発言している。FIAGTはワークスチームの参加を認めていないため、ニッサンGTRを手に入れたレーシングチームが参加しなければならない。この点を指摘したところ、フーボルトは、先の発言のソースがACOであることを認めると共に、残念ながら、ACOからの公式の発言ではなく、フーボルト自身の希望であることを白状した。また、現在のところニッサンが、ロードカーとは違うV8と積んだFRのGTRをACOにGT1カーとして公認申請した事実もない。
 しかし、ニッサンはGTRによってルマンへ参加するのを望んでいることだけは間違いないようだ。

 今日パリではACOが招集したテクニカルミーティングが行われている。主な議案は、新たにLMPカーに設けられた金網のレギュレーションについてだ。しかし、この場でACOは、2010年のGT1カテゴリーについて、何らかの発表を行うものと考えられている。先週のロードアトランタでのダニエル・フェルドリックスの反応から予想すると、大方の意見は「2010年のルマンでGT1クラスは設けない」と言うものだが、フーボルトが希望するように、もし、ニッサンが積極的にACOに対してロビー活動を行っているのであれば、ワークスチームがたった1つで、エントリーが5台だけだったとしても、ACOは2010年のルマンで新制GT1カーによるクラスを設けるかもしれない。

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 2010年からALMSのカテゴリーとして正式に採用されることが決まったGT3カップ。北アメリカではGT3カーによるシリーズ戦がGT3カ
ップしか行われていないが、もちろんフェラーリやダッジバイパー等ヨーロッパで人気のGT3カーの総てが参加すると考えられている。


8月24日
SpecialEdition                                                                                              
2010年のLMPレギュレーションはディーゼルエンジンを引き下げ、GT1クラスは発表せず

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●LMP1はディーゼルを引き下げ、ガソリンを引き上げ
 21日ACOはニュルブルクリンクで記者会見を行って、2010年のLMP1カテゴリーのエンジンの種類に応じたポテンシャルコントロールとGTレギュレーションについてのアナウンスを行った。
 LMP1だけ一足早くレギュレーションを公表する理由は、当然ながら、搭載するエンジンによってポテンシャルに大きな差があることが問題となっているからに他ならない。
 既に2009年、ポテンシャルを是正する試みが行われている。しかし、ご存じのように、2009年もディーゼルエンジンが圧倒的なポテンシャルを発揮したため、再びポテンシャルを是正することが求められるようになった。

 6月29日と30日ACOは世界中のコンストラクターを招集して、レギュレーションについての話し合いを行った。この話し合いは、一般的にはアウディが合法であるか?を判定するための話し合いと考えられている。しかし、同時にレギュレーションそのものについての話し合いも行われた。

 ディーゼルエンジンが有利であることは明らかであるため、ディーゼルエンジンの性能を引き下げることが最大のテーマとなった。その結果ディーゼルエンジンは、リストリクターの大きさを2.1%小さく、最大過給圧を5.8%低くすることが決定した。ガソリンエンジンについても、ジャドやザイテックの様なレーシングエンジンとアストンマーティンの様なGT1エンジンの間で差があると判断された。そしてレーシングエンジンのリストリクターを5%拡大する一方、GT1エンジンは2.4%だけ大きくすることが決定した。
 また、“屋根付き”と“屋根無し”については、ガソリンエンジンの場合従来通り“屋根付き”の方が、リストリクター1つあたり0.3mm大きくされるのは変わらない。しかし、ディーゼルエンジンについては、従来の0.4mm差が大きすぎたとの判断から、2010年ガソリンエンジンと同じ0.3mmだけ拡大されることが決定した。

 金曜日に発表されたレギュレーションは、ポテンシャルの是正についてが中心だったが、LMP1とLMP2のプロトタイプカーのボディワークについても、今年の場合ルールに抵触する開口部が存在しても、金網を張ることでルールは緩和されている。しかし、2010年リアボディ等、部分的に金網を張るだけでは開口部と判定されて、出走出来なくなった。
 現在のところ、金網で許されない場所や具体的な形状等詳細については発表されていないが、方便とも言える現在の状況と比べると、相当厳格となることが予想されている。

 ちなみに現在ディーゼルエンジンのLMP1カーは、ガソリンエンジンより30kg重い930kgの最低車重を義務付けられている。この発表がお小案割れた際、ACOの担当者は2009年の車重を900kgと勘違いしたようで、「2010年は30kg重い930kgとなる」と発表した。しかし、元々930kgであるため、2010年もディーゼルエンジンカーの最低車重は930kgのままだ。

 最後にGT1エンジンについても、ACOは統一解釈を明らかとした。
 今年アストンマーティンはGT1エンジンを使用していることになっている。しかし、プロドライブが走らせるアストンマーティンのワークスチームは、GT1カーとは違い、直噴エンジンを搭載している。直噴エンジンはアストンマーティンのGT1カー用として公認されてないため、レギュレーション違反との声が上がっていた。しかし、エンジンをストレスマウントしないこと等から、ACOはGT1エンジンとして認めることを発表した。

●2010年のGTカーの状況
 同時にGTカテゴリーについて興味深い方針が発表された。元々ACOは、2010年よりFIAと連携して新しいGT1クラスを創設する予定だった。既にFIAGTのオーガナイザーであるステファン・ラテルは、新しいGT1カーを次々と発表している。日本ではニッサンGTRがFIAの新制GT1カーとしてテスト参戦していることで、興味を持っている方々も多いかもしれない。しかし、既にALMSが、2010年に新制GT1の導入を諦めて、GT2をトップカテゴリーとしたように、不景気化に新しいカテゴリーを創設することへの反発も少なくない。

 第一2009年でさえ、ルマンに参加したGT1クラスのファクトリーチームはGMワークスのコルベットだけだった。北アメリカの場合、新制GT1が登場する可能性は皆無だったが、ヨーロッパにおいても、中心となって新制GT1カテゴリーのレギュレーションを作り上げたFIAでさえ、2010年にGT1クラスを成立出来るか?非常に怪しい状況であるのは、ご存じの通り。FIAの場合2006年以降のマセラッティMC12がそうだったように、車両規則や生産台数等レギュレーションに合致しないクルマであっても、特別に認めて参加を許している。FIAGTの場合、メーカーではなく、多くのアマチュアドライバーがプライベートチームによって参加している。このような事情から、レギュレーションに合致しないクルマでも参加が許される特殊な状況だが、ACOの場合、厳格にレギュレーションは施行されている。
 ACOはルマン24時間レースへマセラッティMC12の参加を決して認めなかったことを忘れてはならない。
 つまり、同じヨーロッパと言っても、ACOが主催するルマン24時間レースやLMSの場合、新制GT1カーが揃うと判断するのは難しいと考えられているのだ。そこでACOは、2010年のGT1クラスについて、9月末まで発表を遅らせることを明らかとした。

 しかし、GT2クラスについては2009年のレギュレーションを踏襲することが発表された。先週ALMSが2010年のクラス分けについて発表した時も噂されたが、2010年ルマンのGTカーは、GT2がトップカテゴリーで、GT3カーのクラスが設けられる可能性が高いと言われている。9月末ACOが正式に発表するまで、気が抜けない状況が続くだろう。

8月20日
SpecialEdition
2010年のSuperGT GTEは5レースを要求

Photo:Sports-Car Racing

 8月10日JAFは、FIAに申請した2010年のイベントを発表した。既に申請前に予定を公表していたセパンを含めると、2010年のSuperGTのスケジュールの様相が明らかとなった。最初に断らなければならないのは、これらのカレンダーは、現在のところ決定したものではないと言うことだ。日本国内で行われるイベントはFIAにカレンダー申請しただけであってFIAのワールドモータースポーツカウンシルで審議されてはいない。しかもセパンは、セパンが6月に公表したカレンダーであって、その後彼らが地元のASNを通じてFIAに申請したことは確認されていない。
 しかし、例年10月後半に行われていたオートポリスでの開催は無いこと、そして通常各メーカーが個別にエキシビジョンイベントを開催し始める11月半ばにSuperGTとフォーミュラニッポンのオールスターレースが予定されていることに気づくだろう。

 昨年秋以降の急激な景気の後退の影響によって、世界中のモータースポーツは大きな影響を受けている。日本ではフォーミュラニッポンのエントリーが2/3となったことでも影響の大きさは理解出来るだろう。フォーミュラニッポンの様な致命的な影響はなかったかもしれないが、SuperGTはコストを削減するため様々な工夫を行って、シリーズのスタートにこぎ着けた。イベントスケジュールを見直して、従来より1日少ない2日間とする一方、レース距離の削減が行われた。幾つかの300kmレースが250kmとされる一方、8月に鈴鹿で行われてきた伝統の1000kmは700kmとなった。
 しかし、根本的なコスト削減にはならないのは明らかだろう。

 自動車メーカーからの支援が期待出来るGT500クラスと違って、ほとんどのGT300クラスのエントラントは、自分達で資金を集めることによって参戦している。急激な景気の後退によって、支援してくれるスポンサーも財布のひもが固くなっているため、GT300クラスのエントラントは大きな影響を受けていた。
 今年シーズンが始まった後、SuperGTのエントラントの集まりであるGTエントラント協会(GTE)は、幾つかの会員チームから2010年のレース数の削減を要求されるようになった。GTEの理事会だけでなく、総ての会員が集まる総会でもレース数の削減が可決された。しかも、GTEの総会で決定したレース数は、たった5レース!だった。


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 今年SuperGTは9レースによってシリーズを構成している。5レースとは、その約半分となることを意味する。逆の見方をすると、エントラントが自分達で集めることが出来る資金が5/9に過ぎないことを意味している。
 もし、たった5つのレースでシリーズを構成するとなると、どうなってしまうのだろうか?
 大きな集客を期待出来る富士スピードウェイを外すことは不可能だ。現在の2レースでも足りないと考えられる。集客の面から見ると岡山も当確だろう。多少空席が目立ったとしても鈴鹿で行われる1000kmも外せない。これで4つだ。
 昨年GTAは、やっとセパンとの契約にこぎ着けている。そのため自分達から開催を辞退することはないだろう。第一セパンのイベントは渡航費用等が支給されるため、エントラントの負担が少ないイベントだ。セパンを加えると5レースとなるため、もてぎ、SUGO、オートポリスでの開催は不可能となってしまう。
 このように5レースでシリーズを構成するのが不可能であるのは容易に理解出来るだろう。

 しかし、現在のスケジュールがエントラントにとって資金的に相当過酷であるのは明らかであるため、GTAは各サーキット(主催者)と資金の分担について慎重に話し合いを行っていたようだ。エントラントにとって、最も大きな参戦費用が必要となるイベントはオートポリスだ。ほとんどのエントラントにとって遠隔地への移動となるため、移動費用が高いだけでなく、最低1日、場合によっては2日間余分に宿泊しなければならない。
 残念ながら、費用の分担を求められても、サーキットの事情も存在する。SuperGTは従来通りたくさんの観客を集めることが出来るかもしれないが、2/3の台数となったフォーミュラニッポンや、イベントによっては、たった1日の公式スケジュールで行われているスーパー耐久等、集客を期待出来ないイベントも少なくない。エントラントほどではなくても、サーキットの収入も減っているのだ。その結果、2010年オートポリスはSuperGTのカレンダー申請を行わなかった。

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 こうしてレースが1つ減ったが、日本のレース全体を振興する意味から、フォーミュラニッポンと共にオールスターレースの開催が計画されている。エキシビジョンイベントであればFIAにカレンダー申請する必要はないため、完全なレースだ。
 しかし、オールスターレースであるから、総てのチームが参加する訳ではない。資金的に余裕のあるトップチームだけが、上手い具合に参加の資格を得るのであれば、何も問題がないかもしれない。それでも、レース数を5/9とする要求が出された後で計画されたイベントである以上、資金の分担はマストとなるだろう。

2010年SuperGTカレンダー申請
3月20-21日 Rd1 SuzukaGT300km
4月3-4日 Rd2 OKAYAMA GT300KM
5月1-2日 Rd3 *富士スピードウェイ
*6月19-20日 Rd4 Sepang*公表のみ、未発表
7月24-25日 Rd5 SUGO GT300km
8月21-22日 Rd6 Suzuka
10月2-3日 Rd7 富士スピードウェイ
10月23-24日 Rd8もてぎGT250km
11月13-14日 Special SuperGT&フォーミュラニッポンオールスターレース*富士スピードウェイ
*注:総て国際カレンダーに申請されたもの、現在未決定*

7月30日
SpecialEdition
LMP2の行方  ALMSはプロトタイプとGT2の2つのクラスに統合?!

Photo:Sports-Car Racing

 ルマン終了後最も活発な動きを行ったのはALMSだった。元々ルマンの成績次第でアウディとプジョーのALMS参戦の可能性があった。どうやら、さらに大幅な改良が必要であることが判明したアウディは、ALMS参戦を決心出来ないようだが、既にプジョーは終盤のALMSへの遠征を約束したようだ。
 しかし、アウディやプジョーが参加を検討しているのは、シーズン終盤の“プチ-ルマン”とラグナセカだけだ。その前に行われるALMSは考慮されていない。現在のALMSのLMP1クラスはアキュラだけが勝つレースが続いており、このままではシリーズの存続にも影響を与えると考えられている。

 これまでもALMSは、LMP1クラスの有力なエントラントがアウディだけとなった時、LMP2クラスをACOとは違ったルールで運用して、ポルシェRSスパイダーとアウディR10の闘いを演出している。事実上プロトタイプを統合することで魅力的なレースを実現したのだ。どうやらスコット・アタートンは、再びLMP2クラスのルールを変更して、プロトタイプクラスを統合して、魅力的なレースを演出しようとしているようだ。

 既にGTクラスの場合、元々GT1クラスのエントラントがGMワークスのコルベットだけだったため、GMワークスがGT1クラスでの活動を取り止めて、GT2カー開発を決定したことから、GT2カーだけのレースとなっている。

 プロトタイプクラスの場合、LMP1クラスの有力なエントラントはアキュラだけで、LMP2クラスもフェルナンデスのアキュラとダイソンのローラ/マツダが中心だった。最初にALMSは、LMP2クラス性能を整えようと考えた。フェルナンデスのアキュラに対してダイソンのローラ/マツダが劣勢だったため、ローラ/マツダが積むAERマツダの2リットルターボエンジンに対して、大きな直径45mmのリストリクターや2,300mmbarの最大ブースト圧を与えた。
 同時にダイソンからポルシェRSスパイダーを買ったサイトスポーツのALMS参戦が決定したため、LMP2クラスの速さを整えるため、ポルシェに対してはACOルール通りでの参加を求めた。

 それでも老練なダイソンが走らせながら、ローラ/マツダのポテンシャルは充分であるようではないが、続いてALMSは、LMP1クラスとLMP2クラスの速さの拮抗化を目指したルールの変更に着手した。
 昨年ALMSは、ACOルールをモデファイしてLMP2クラスに対して25kg軽い800kgの車重を認めた結果、ペンスキーが走らせるポルシェRSスパイダーは、しばしばLMP1クラスのアウディとトップ争いを演じることとなった。
 と言うより、2007年に車重が775kgだった時、ペンスキーのポルシェRSスパイダーは、アウディを圧倒して連勝した。そのため、ACOはLMP2クラスの車重を重くしたと言う経緯があった。

 ところが、運悪く昨年秋以降急激に経済が低下した結果LMP1とLMP2の両方のエントリーが少なくなってしまった。そこで、車重を軽くすれば速く走れることが判明しているLMP2クラスを段階的に格上げすることを目論んだ。
 取り敢えずALMSは、LMP2の最低車重を825kg、つまり25kg軽くすることを決定した。
 ダイソンやサイトスポーツにとっては歓迎すべきかもしれないが、アキュラにとっては、格下のLMP2クラスのマシンがトップカテゴリーのLMP1クラスを破る可能性もあるため、少々複雑な出来事かもしれない。
 825kg、さらに800kgでもLMP2クラスが遅いようであれば、続いて775kgまで減量されることだろう。775kgとは、2007年ペンスキーのRSスパイダーがアウディに連勝した時の車重だ。

7月23日
SpecialEdition
SuperGTは世界を目指せ

Photo:Sports-Car Racing

 数年前GMは、アジアでの拠点を日本からシンガポールに移した。その時点でも、少なくとも北アメリカを除くと、GMは世界中で売れているクルマではなかったため、日本やヨーロッパでは、GMの失策の1つと判断されている。しかし、シンガポールは、発展途上と言っても、巨大な市場を持つインドと中国の中間に位置して、直ぐ隣には急激な経済成長を見せているマレーシアが存在する。地図上で拠点を決定するのであれば、シンガポールは間違いとは言えない。

 昨年夏以降の急激な経済の低迷によって、世界中のモーターショーが縮小されているのはご存じだろう。今年1月千葉の幕張でオートサロンが開催された際、数日以内に出展メーカーの確認を得られない場合、秋に行われる東京モーターショーの開催が難しいことが明らかとなった。実際数日以内に出展を予定するメーカーからの確認を得ることは出来なかったようで、主催者はこの期日を過ぎても、出展メーカーの意向を受け付けた。しかし、現在、たぶん、既にこれ以上の出展メーカーが増えることはないだろうが、アウディ、プジョー、BMW、ポルシェ、フェラーリ等は東京モーターショーへ出展しない。
 2年に1度行われる東京モーターショーの1ヶ月前、同様に2年に1度開催されるフランクフルトモーターショーが行われている。ヨーロッパのメーカーは地元で行われるフランクフルトモーターショーへは、従来通り参加する。しかし、中国や北アメリカと比べると、人口はたった1億の小さな市場で、クルマに興味があるとは思えない日本での宣伝活動は無駄であると判断しているのだ。
 自動車メーカーにとって、モータースポーツに関わる大きな目的は、宣伝活動の1つと判断しているからだ。モーターショーにも参加しないくらいであるから、外国のメーカーが日本でレース活動を行うことは、ほとんどあり得ない状況と植えるだろう。

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 急激な経済の低迷によって、世界中のモータースポーツは大きな影響を受けている。2008年の経済ショックの震源地である北アメリカに代わって、大きな人口、すなわち大きな市場を持つ中国は、世界中の経済が低迷しているにも関わらず、中国自身が大きな市場であるため、いち早く立ち直りの兆しを見せている。経済の専門家はもちろん、世界中の自動車メーカーは、経済復興の鍵は中国であると判断して、より一層中国での活動に力を入れている。
 上海で行われる上海モーターショーへはたくさんの自動車メーカーが参加する一方、ヨーロッパの自動車メーカーの幾つかは、中国やインドでのモータースポーツ活動を真剣に計画している。
 その結果、同じ極東にあって、これまで唯一の経済立国であると自負してきた日本は見捨てられようとしている。

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 今年もSuperGTはセパンに遠征した。これまでと比べると、契約金額の低下等決して良い条件ではなかったらしく、GTAにとっても赤字覚悟の遠征だったようだ。しかし、現在に至るも、開催権料の支出を渋る日本の主催者とは考えられないくらい、マレーシア人達は好条件で日本人達を迎えてくれた。
 現在GTAは、開催権料を渋る日本の主催者達から、少なくとも、利益に見合った開催権料を獲得するため、様々な付加価値を付けることを検討している。
 なぜなら、1994年JGTCとして誕生した時から、GTAは、参加チームに対して、参加料の支払いを約束している。チームは、何時の日か、その参加料だけでレース活動が行えることを望んでいる。残念ながら、15年が過ぎても、この理想は実現してないのだ。
 開催権料の値上げを渋る主催者は、例外なく、日本のレースのトップカテゴリーと言われているフォーミュラニッポンが赤字であることを理由としている。SuperGTの利益によってフォーミュラニッポンの赤字を埋めたいと言うのが、彼らの本音であるらしい。
 自動車メーカーの多くは、ドライバーを育成することを目標として大きな予算を計上している。ドライバーにとってSuperGTだけではあまりに間口が小さいため、自動車メーカーは赤字のフォーミュラニッポンを陰から支援することを納得している。SuperGTによって主催者が得た利益をフォーミュラニッポンに使うのを黙認しているようだ。

 しかし、これではフォーミュラニッポンと関係ないレーシングチームは、いつまでたっても利益を得ることは出来ない。GTAの板東社長は、東南アジアの幾つかの国から、SuperGTの開催について誘われていることを認めている。マレーシアに加えて、シンガポール、韓国、タイ、そして中国からも要望があるようだ。
 この機会を逃すことはなだろう。条件さえ折り合えば、どんどん海外にSuperGTは遠征すべきだろう。
 もちろん、お客さんである海外の主催者に対して、より魅力的な商品とするため、現在参加するのがやっとと言ったチームが切り捨てられることとなるかもしれない。しかし、日本国内に留まっていても、これ以上の進化はないのだ。
 世界のメーカーにとって、日本は魅力的な市場でなくなってきたかもしれない。しかし、日本には、外国に売ることが出来る素晴らしいレースシリーズが存在しているのだ。

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 たぶん、SuperGTは、NASCARやF1GPと並んで、世界中で最も多くの観客を集めているレースシリーズだろう。主催者にとっては、最もコストパフォーマンスに優れたレースであるかもしれない。
 2年前ステファン・ラテルは、アマチュアドライバーを対象として、ほとんどのレースは閑古鳥が鳴いているFIAGTを世界選手権とする計画を発表した。ルマンシリーズが存在するヨーロッパでは、呆れたプランと判断されていた。ところが、FIAは、ステファン・ラテルの呆れたプランを認めて、2010年からGT1世界選手権と行おうとしている。もちろん、FIAのGT1世界選手権は、誰が出るのか?さえ明らかでない怪しいレースだが、この状況を考えても、SuperGTは世界で認知されていない。NASCARは巨大な北アメリカ市場があるから、世界で認知されなくても、アメリカ大陸の中だけで、どんどん発展することが出来た。しかし、日本は小さく、日本の自動車産業が、世界中でクルマを売ることで成り立っているように、SuperGTは、どんどん世界に出て行かなければならない。
 世界で認知されることは、SuperGTにとって、生命線であるはずだ。

6月15日
SpecialEdition
アウディR15の本当の違反はココだ!

Photo:Sports-Car Racing

 ルマンの車検が終了した後、プジョーはR15が車検に合格したことについて、ACOに対して正式に抗議を行った。翌日ACOは、プジョーの抗議を事実上門前払いしたため、今後プジョーは、正当性を巡って、何らかの組織に対して上訴することを明らかとしている。何らかの組織がFIAを意味するのか?現在のところ不明だ。

 ACOがプジョーの抗議を却下した際、同時に6月末までにルマンに参加するコンストラクターを招集した会議を開催して、レギュレーションについて話し合うことを明らかとした。その際に各コンストラクターから質問と意見を聞きたい、とも発表した。勘違いしてはならないのは、この会議は、しばしばF1GPで開催されるような、失格や抗議を巡って、判定するためのものではなく、アウディR15の疑惑のために開催されるのではない。
 元々ACOは、しばしばテクニカルワーキンググループのミーティングを開催しており、例年6月末に開催される会議は、翌年のレギュレーションを話し合う場となっている。その機会に、R15の疑惑について話し合おうと言うことだ。

 また、これまで、アウディR15のフロントノーズ中央部分に2つ開けられたスリットが、翼断面であることに、疑惑の矛先が向けられていた。アウディも5月に、この部分について合法であることを公表している。しかし、最も問題視されているのは、誰もが判り易いノーズのスリットではないのだ。
 上の写真を見てもらいたい。この写真はルマンの予選の際撮影されたものだ。そのため、セブリングバージョンのような2つのスリットではなく、スリットは1つだけとなっている。問題はそこではない。ノーズ開口部の内側を見てもらいたい。タイヤフェンダーから、何らかの翼が突きだしているのが判るだろう。
 そして、アンダーフロア後端の直ぐ上に、リアウイングに取り付けられるのとまったく同じ、フラップのようなカタチのものが取り付けられているのが見えるだろう。フラップ状のものの前縁にはミシュランのステッカーが貼られているが、フラップ状と言うより、最近では珍しい、非常に大きなフラップそのものだ。この2点が、最も大きな疑惑となっている。

 フラップ状のものは、リアウイングのフラップと同じ効果を発揮すると考えられている。ノーズ床下の空気を吸い上げるのに大きな効果を発揮することだろう。タイヤフェンダーから横に突きだしている翼は、セブリングでは見られなかったもので、最初何らかのセンサーであると考えられていた。しかし、こちらも、空力デバイスであると考えられている。アンダーフロアを下側のウイングと考えると、上段ウイングに相当する効果を発揮すると考えられているのだ。NA3.5リットルグループCカーでも明らかだったように、TWRジャガーXJR14が2段ウイングを持ち込むと、直ちにその効果が注目されて、あっと言う間にポピュラーな存在となった。それほど大きな効果を発揮すると考えられている。

 R15の空力コンセプトは、ノーズ床下の空気を効果的にボディ上面に排出する方法として、ACOのレギュレーションブックが、フロントタイヤ後方の開口部の大きさを制限しているため、床下の空気をラジエターを通過させて、ボディ外側に排出させることだった。ラジエターを通過した空気を排出するのであれば、どんなに大きな開口部を設けてもレギュレーション上合法であることに目をつけたのだろう。ついでにエンジン両側のインタークーラーを通過した空気までも、マシン後端のディフィューザーから空気を吸い出すために活用することを目論んだ。

 決勝レース中、ラジエターとインタークーラーに溜まったゴミを取り除くため、何度もピットのガレージに入れて作業を行ったことを見ると、皮肉なことに、その効果が大きいことが理解出来るだろう。
 非常に素晴らしいコンセプトだと思うが、誰が考えても判るように、ラジエターを通過した空気を積極的にボディ外側に排出するため、大きな開口部を設けなければならない。そのことが大きなドラッグを生む原因となったのだろう。
 ノーズ中央の2つのスリットについては、元々それほど大きな効果を発揮するとは考えられてはいなかった。もしかしたら、ノーズ開口部内の疑惑から目をそらせるためのカモフラージュだったかもしれない。
 なんと言っても、プジョー908はユノディエールで340km/hを超える最高速度を記録すると考えられたのだ。アウディの面々が苦しい開発を強いられたのは容易に想像出来る。
*注:RacecarEngineeringがスピードガンによって、プジョー908の最高速度が340km/hであることを確認しました。Sports-Car Racing Vol.19にて最高速度データを掲載予定

Photo:Sports-Car Racing

6月13日
SpecialEdition
ACOは、今度はペスカロロを救済か?

Photo:ACO

 2年前経営難に陥ったクラージュを救済するため、ACOは様々なプランを打ち出した。最終的にORECAがクラージュを買収することで、クラージュ救済は終了したが、ポールリカールとマニクールに工場を持つORECAには、コンポジットクレープも風洞も持たないクラージュを買う理由はなかった。ORECAにクラージュを買わせるため、ACOは、新たにフォーミュラルマンを創設して、そのワンメークシャシーとしてクラージュLC70系のプロトタイプスポーツカーを使うことを決定した。ORECAがクラージュを買った場合、同時にフォーミュラルマンの仕事が付いてくる内容だった。

 2年前ACOがクラージュ救済に動いた頃、クラージュのような悲惨な状況ではなくても、ペスカロロも経済的に楽な状態ではなかった。そのためACOは、同じルマンのテクノパルクに工場を構える2つのコンストラクターを合併させようと目論んだ。しかし、経済的には豊かでなくても、当時ペスカロロは、アウディのワークスチームに対抗出来る唯一のプライベートチームだった。アンリ・ペスカロロが拒否した結果、ORECAへ買収を求めることとなった。

 その後ジャック・ニコレが出資してペスカロロオートモビルを設立する等、ペスカロロは独自路線を確立したか?と思われた。ところが、昨年夏以降の急激な景気の後退によって、ジャック・ニコレは撤退してしまった。その頃ペスカロロは、自前のコンポジット設備の実現するためSORAコンポジット設立に動いていた。SORAコンポジットは、ペスカロロに開発と製作の自由度を与えるだけでなく、外部からの仕事を請け負うことで、ペスカロロの経営基盤を安定させるハズだった。しかし、急激な景気の後退によって、仕事が激減した結果、ペスカロロの存亡を左右する存在となった。
*注:Sports-Car Racing Vol.18を参照してください

 ペスカロロ自身がフランスの英雄であるだけでなく、近年アウディのワークスチームとトップ争いを展開した数少ないプライベートチームであるため、最初にプジョーがペスカロロとの提携を決定した。2009年のルマン以降908の1台をペスカロロに提供して、ルマンとアジアンルマンシリーズに参戦することを決定した。さらにACOは、SORAコンポジットを活用して、ペスカロロに仕事を与える方法を検討していたらしい。

 ACOがドライビングスクールを運営しているのは有名な話だが、これまでもセバスチャン・ボウディたロマイン・デュマ等優秀なドライバーを多数世の中に送り出している。このACOドライビングスクールの延長線上に存在するのがフォーミュラルマンと考えられていた。ところがACOは、ACOドライビングスクールのスクールカーとしてペスカロロが設計と製作を担当するペスカロロルマンと名付けたレーシングスポーツカーの導入ヲ決定した。
 ペスカロロルマンは、車重LMPレギュレーションにも適合する車重820kgのシャシーに360馬力を発生するシボレーの6.2リットルV8を組み合わせている。一応358馬力を発生するニッサンの3.7リットルV6も搭載出来るが、ほとんどフォーミュラルマンと同じ内容であるのが判るだろうか?

 フォーミュラルマンとペスカロロルマンの住み分けについては、今後議論を呼ぶこととなるだろうが、ACOがペスカロロ救済に動いたことで、ルマンのテクノパルクに工場を構える2つのコンストラクターが共にACOから仕事を受けることとなる。ローラやザイテック、童夢等他のコンストラクターは、この状況をどう思うだろうか?

6月12日
SpecialEdition
2009年のタイヤ交換方法

Photo:Sports-Car Racing

 今年ACOは、タイヤ交換の際、たった1つのインパクトレンチしか使用出来ないことを決定した。従来2つだったため、シーズン開始時点で大変な混乱を巻き起こすこととなった。LMS開幕戦バルセロナでは、たった1つのインパクトレンチによって先にアウト側のタイヤを交換して、その後内側に居るメカニックにインパクトレンチを放り投げるチームが相次いだ。同時にタイヤまで投げるチームが現れたこともあって、インパクトレンチを投げる行為は厳格に禁止された。

 LMSバルセロナの時点で、たった1つのインパクトレンチの規定は明確ではなかった。もちろん、たった1つのインパクトレンチでタイヤを交換すると時間が要するため、プロドライブは、タイヤ交換のピットストップの際、2回に1回の割合で、半分の2本だけを交換していた。我々は2本交換と言うと、SuperGTにおける童夢のリア2本交換を連装してしまうが、プロトタイプスポーツカーの場合GTと比べると遙かにバランスが良いため、プロドライブはコース外側のタイヤを2本だけ交換する作戦を実行した。

 インパクトレンチを放り投げる行為は非常に危険であるため、その後ACOは解釈を明確として、「インパクトレンチを投げることは禁止する。そして、ピットのガレージ外側には、インパクトレンチは1つしか存在することは出来ない」と発表した。つまり、ピットガレージの内側には2つ目のインパクトレンチが存在していても良いのだ。
 この統一解釈が発表された結果、優秀なレーシングチームの面々は、最も早くタイヤを交換する方法を見出した。
 従来の2つのインパクトレンンチの場合、外側と内側にインパクトレンチは存在して、それぞれ2つのタイヤを交換するだけだった。1つのインパクトレンチによる最良のタイヤ交換の方法は、まず、コース外側の2つのタイヤを交換する。その後、コース外側に居たインパクトレンチを持つメカニックは、インパクトレンチを持ったままガレージ内に走り込む。ガレージ内には2つ目のインパクトレンチを持ったメカニックが待機しており、コース外側のインパクトレンチを持ったメカニックがガレージに駆け込むのを確認すると同時に、コース内側のタイヤ交換を開始する。

 上の写真を見てもらいたい。これはピットにクルマが入ってきて、タイヤを開始した際のシーンだが、コース内側のガレージ内(白線の内側)に2つ目のインパクトレンチを持ったメカニックが待機している。
 この方法の場合、コース外側のメカニックが、ガレージに駆け込む際、インパクトレンチのホースをクルマに引っかけることが問題と考えられている。先にフロントタイヤを交換すると、リアタイヤを交換した後リアウイングにホースを引っかける可能性がある。先にリアタイヤを交換すると、フロントタイヤを交換した後バックミラーにホースを引っかけてしまう可能性が大きい。ほとんどのチームは、先にリアタイヤを交換する作戦と考えられているが、バックミラーにホースを引っかけないよう、様々な工夫をしているようだ。

 現在のところ、プジョーがタイヤ交換のレコードライムを樹立しているらしいが、幅が2インチ狭い14インチ幅のタイヤを使うチームゴウのLMP2チームが、既にプジョーのタイムを破っているとも言われる。
 ドライバーがラップタイムを1秒縮めるのは大変な努力が必要だが、ピットストップでは簡単に数秒の差が付いてしまう。インパクトレンチが1つとなって、ピットストップのタイム差は大きくなっている。どのチームが、タイヤ交換合戦を制して、2009年のルマンを制することとなるのだろうか?

6月9日
SpecialEdition
アウディR15の実力は?

Photo:Sports-Car Racing                                             

 昨日いよいよ2009年のルマンのスケジュールがスタートした。時折激しい雨が降る中、最初にジャコバン広場に現れたのはアウディだった。3月にセブリングでデビューしたR15は初めてルマンにやって来たため、去年の童夢S102がそうだったように、既にACOによる検査を何度も受けているにも関わらず、ACOの重鎮達による子細なチェックを受けることとなった。予定は2時間以上遅れて、3台のR15の車検が終了したのは、チームゴウのポルシェRSスパイダーの車検が始める予定だった午後5時30分だった。

 今年登場したアウディR15は、取り敢えずディーゼルターボエンジンを実用化したR10の問題点を洗い出すことによって誕生している。R10は、ディーゼルによって最高の性能を発揮することを目的とした。1気筒あたり発生可能な出力が限られると判断されたため、、大きく重いことを承知で、5.5リットルの90度V12ディーゼルターボエンジンが開発された。重さ260kgに達する巨大なディーゼルターボエンジンを積んで、最高の速さを発揮するのが、どれほど難しいことであるか?誰だって理解出来るだろう。大きく重い90度V12ディーゼルターボエンジンを積んだR10は、テイルヘビーによる情けない操縦性をカバーするため、過酷な開発を加え続けられることとなった。
*注:Sports-Car Racing Vol.18を参照してください

 この反省からアウディは、前後の重量配分を改善することに全力で取り組んだ。もちろん軽いエンジンが求められ、2気筒少ない10気筒で素晴らしいポテンシャルを発揮することを目的として、慎重に開発に取り組むこととなった。
 こうして2気筒少ない90度V10 5.5リットルディーゼルターボエンジンが誕生した。
 90度V10ディーゼルターボエンジンを搭載するため、アウディはR10の改良型ではなく、完全に新しいR15を開発した。2気筒少ないことによって、理論上発生可能な出力は少なくなる。しかし、都合が良いことに、それまでディーゼルエンジンに対して大きな優遇処置を与えていたACOが、ガソリンエンジンとの大きな差を考慮して、ディーゼルエンジンのリストリクターを縮小すると共に最大過給圧を引き下げた。1気筒あたりの発生可能な出力は、シリンダーの強度が大きく関係するため、過給圧が引き下げられると、シリンダーの負担も小さくなるため、2気筒少なくても、従来より差は縮まると判断された。

 同時にアウディは、画期的な空力コンセプトによってR15をデザインした。
 ノーズ中央部分に2つのスリットを設けて、事実上のウイング形状とすることによって、ダウンフォースを獲得するだけでなく、インタークーラーやラジエターを冷却する、ボディの内側を通過する空気を使って、空力的なアドバンテージを得ようとした。
 その結果サンドポンツーンの上面には、ノーズから取り入れられた空気が、コクピット前端に取り付けられたラジエターを通過した後、積極的にボディ外側に排出するための、たくさんのスリットが設けられていた。このスリットによって、ノーズ床下の空気を吸い出すのに大きな効果を発揮しているのだろう。
 その後方に存在するインタークーラーを通過した空気は、エンジンルーム内に大きなダクトが設けられ、そこからテイルエンドに導かれて、ボディ後端のディフューザーから空気を吸い出すのに大きな威力を発揮していると考えられている。

 我々も、これらのコンセプトを直ぐに解明することは出来なかった。しかし、不可解な次のような出来事から、慎重に話し合った結果、推測するに至った。

Photo:AUDI Motorsport

 当Sports-Car Racingでは、セブリングテストの際、アウディR15のエンジンルームを含む、様々なディテイル写真の撮影に成功している。しかし、アウディは、それらの写真の公開を待つよう、連絡してきた。他にもSPEED TVとRaceCar Engineeringも撮影に成功している。SPEED tvに至っては、インゴルシュタッドの工場内でも撮影しているが、アウディによって、公表を待つよう指示されているようだ。

 SPEED tvのスコット・プルートやRaceCar Engineeringのサム・コリンズ、そしてミュラサンヌコーナーのマイク・フラーとも、アウディが何を知られたくないのか?慎重に話し合った。誰だってアウディは、新しい90度V10ディーゼルターボエンジンを隠したい、と考えるだろう。しかし、どう見ても、この新型エンジンは、従来の90度V12エンジンの発展型にしか見えない。それどころか、プラグホールが存在しないため、R10と同じ90度V12と勘違いする方々も多いことだろう。

 つまり、アウディが隠したいのはエンジンではない。続いて我々が撮影した際も、アウディスポーツのメカニック達は、サスペンションを隠そうとした。サスペンション、特にピッチングを抑える3本目のダンパーのセットを隠そうとするのは良くあることであるから、このことは不思議なことではない。そうしてエンジンルーム内に残された部分は、エンジン本体両側に設けられた大きなダクトだけとなった。

 ミュルサンヌコーナーのマイク・フラーは、昨年までGフォースのエアロダイナミストとして働いていたため、この手の状況を推測するのに打って付けの人物だ。しかも、セブリングで数回行われたアウディR15のテストの内何回かに足をはこんでいる。
 その結果、インタークーラーを通過した空気を使って、空力的なアドバンテージを得ようとしていることが推測された。早速アウディに質問してみたが、当然のように、その答えを得ることは出来なかった。しかし、この段階でアウディが公開を嫌っていた写真の数枚をマイク・フラーが公表してしまったため、少しずつアウディは口を開くようになった。
 そうして、アウディが、インタークーラーやラジエターを通過した空気をも空力に活用しようとしていることが明らかとなった。

 しかし、速いと思われたセブリングのテクニカルコースでさえ、R15はプジョー908より速く走ることは出来なかった。そこでアウディスポーツでは、精力的にR15の改良に取り組むこととなった。ポールリカールやモンツァ等でしばしばテストが行われ、噂を信じるのであれば、2度深刻なクラッシュを演じているらしい。

 ラジエターやインタークーラーを通過した空気を空力に活用してアドバンテージを得たとしても、ラジエターやインタークーラーを通過した空気は、誰が考えても判るように大きく乱れているため、大きなドラッグともなっている。例えそうであっても、大きな空気の流れを維持出来るのであれば、空力的なアドバンテージは大きいと判断したのだろう。
 しかし、アウディが考えたより、R15は相当大きなドラッグを発生しているようだ。そのため、特徴の1つだったノーズの2つのスリットの1つを塞ぐ一方、ドラッグを削減するための改良が次々と加えられることとなった。

 先週アウディは、NEW R15として改良バージョンを発表した。何とシャシーナンバーまで公表して、ゼッケン1がNo.104、ゼッケン2がNo.105、ゼッケン3がNo.101で、No.104とNo.105は、モノコックを含めて完全に新しいことを明らかとした。ここら辺の公明さはアウディらしいが、シャシーナンバーを公表したことで、クラッシュした2台がNo.102とNo.103であったことまで明らかとなってしまった。

 先週NEW R15を発表した際公開された写真は、1ヶ月前ポールリカールで撮影されたものだったが、昨日ジャコバン広場に現れたR15にはさらに改良が加えられていた。リアカウルの多くが変更されると共に、ターボへ空気を送り込むエアインテイクのデザインが完全に新しいものとなった。
 速さを発揮するプジョー908に対して、アウディが、どれほどR15を改良出来たか?明日の予選で明らかとなるだろう。
*注:既にSPEED tvがエンジンルームの写真を公表したため、当Sports-Car Racingも Vol.19にてR15のディテイル写真を公開することに決定しました。

5月27日
SpecialEdition
ディーゼルとガソリンのイコールコンディションは実現したか?

Photo:Sports-Car Racing                                                  Photo:Peugeot-Media

 2004年にACOが施行した、現在のLMPカーのレギュレーションで、不可解なディーゼルエンジンのルールが設けられた。ガソリンエンンジンに対して630馬力程度を許容する大きさのリストリクターと過給圧を設定したにも関わらず、ディーゼルエンジンは、200馬力以上大きな出力を許容する巨大なリストリクターと過給圧が与えられた。
 当時CO2の削減と燃費の向上が叫ばれた結果、ヨーロッパではディーゼルエンジンを積む乗用車が普及していた。自動車メーカーを勧誘するにはディーゼルエンジンに有利なルールを設ける必要があった。しかし、ガソリンと比べるとディーゼルエンジンは開発途上の分野だったため、圧倒的に有利なルールを設けたと考えられている。

 最初はアウディだけだったが、その後プジョーが登場するようになると、2つのメーカーの間で熾烈な開発競争が勃発した。その結果、2008年のアウディとプジョーのディーゼルターボエンジンは、理論上可能な850馬力に到達していたと考えられている。

 もちろん、ガソリンエンジンを使うプライベートチームやエンジンビルダーは、強行な反対意見を述べたため、ACOは、2009年のレギュレーションにおいて、ディーゼルエンジンの性能を引き下げることとなった。具体的には、ディーゼルエンジンのリストリクターの大きさを10%、過給圧を6.5%縮小するものだった。しかし、2008年9月ACOのダニエル・フェルドリックスが新しいレギュレーションを発表した時でさえ、「ディーゼルエンジンの性能は10.5%低下する」としか述べなかった。
 元々ディーゼルエンジンは850馬力を発生していると考えられて、ガソリンエンジンとディーゼルエンジンの差は約200馬力と思われていたため、ディーゼルエンジンの性能が10.5%低下して100馬力少ない750馬力となっても、依然として100馬力も有利だった。
 そのため、その時から、既に疑問の声が囁かれていた。

 同時に昨年導入されたGT1カー用エンジンのリストリクターが大きすぎると判断されて、2009年レギュレーションは3%小さいリストリクターの装着を義務付けた。しかし、GT1エンジンはストレスメンバーとして使えない、と判断され、ストレスメンバーでの使用自体許されないため、依然としてレーシングエンジンよりも大きなリストリクターを与えられている。排気量5.5リットルを例とすると、レーシングエンジンのリストリクターが32.9mm×2であるのに対してGT1エンジンは33.1mm×2となる。

 また、童夢を除くと目立ったパフォーマンスを発揮した“屋根付き”のLMPカーが現れなかったため、再び“屋根付き”と“屋根無し”の比較が行われて、“屋根付き”であれば、ガソリンエンジンの場合0.3mm×2、ディーゼルの場合0.4mm×2、リストリクターが大きくされることとなった。

 実際にどうような状況となったか?簡単に分類すると、“屋根付き”で6リットルのGT1エンジンを搭載するローラB08-60/アストンマーチンとローラ-アストンマーティンは、33mm(32.7mm+0.3mm)×2のリストリクターを取り付けている。
 “屋根無し”で5.5リットルのレーシングエンジンを搭載するペスカロロP01/ジャドやORECAクラージュ/AIMは32.9mm×2のリストリクターだ。
 “屋根無し”のディーゼルエンジンカーであるアウディR15やR10は、37.9mm×2のリストリクターと2,750mmbarの過給圧だ。そして最も大きなリストリクターを与えられているのは、“屋根付き”のディゼルエンジンカーであるプジョー908だ。何と38.3mm×2のリストリクターと2,750mmbarの過給圧を与えられている。

 しかし、セブリング12時間の結果、依然としてアウディとプジョーのディーゼルエンジンカーの速さが際立っていると判断された。しかし、LMSバルセロナでペスカロロが披露したように、その差は大きく縮まっていると判断されたため、ほんの少しだけレギュレーションをモデファイすることとなった。

 2年前最初にディーゼルエンジンに対する優遇処置への批判が叫ばれた時、ディーゼル燃料が元々持っている、ガソリンに対する約10%大きい熱価の大きさから、燃費の有利さを規制するため、燃料タンクの大きさを10%小さい81リットルとした。
 しかし同時に、ディーゼルエンジンを使うファクトリーチームは、ディーゼル燃料の粘性の大きさを主張して、ガソリンよりも5mmも大きい直径38mmの給油ホースを使用する権利を手に入れた。
 その後のピットインの際の作業時間を見ても、ディーゼルエンジンを使うファクトリーチームが大きなアドバンテージを手に入れたことは明らかだった。
 そこで、直径38mmの給油ホースに使用を禁止して、ディーゼルエンジンであってもガソリンエンジンと同じ直径33mmの給油ホースの使用を義務付けた。

 ポテンシャルが落とされたと言っても、以前としてディーゼルエンジンは約100kgmの巨大なトルクを発生していると判断されたため、ディーゼルエンジンに対して30kgのウエイトを積むことを義務付けることとなった。

 レギュレーションがモデファイされた後、スパ-フランコルシャンで行われたLMS第2戦の際プジョーのディーゼルエンジンカーとペスカロロとアストンマーティンのガソリンエンジンカーが対決した。速さについては、改良型ペスカロロP01は、時々パフォーマンスを披露した。しかし、期待されたピットストップの時間については、プジョーのメカニック達の努力もあるだろうが、大きな影響があったとは思えない。

 今年最も速いガソリンエンジンLMPカーは改良型ペスカロロP01だ。しかし、ルマンでペスカロロもプジョーのディゼルエンジンカーの1台を走らせることを考えると、今後レギュレーションバランスについての議論は行われないかもしれない。
 もしかしたら、新たにアストンマーティンをベンチマークとして、デビッド・リチャースがACOに抗議するかもしれないが、秋になってALMSの“プチ-ルマン”とラグナセカにディーゼルエンジン勢が遠征するまで、本当の差は判定出来ないだろう。
*Sports-Car Racing Vol.19にて特集いたします。

5月20日
SpecialEdition
SORAペスカロロの登場

Photo:Sports-Car Racing

 たった1年半前アンリ・ペスカロロは、ジャック・ニコレの出資を受け入れてペスカロロオートモビルを設立した。これによってペスカロログループは成立したと思われた。しかし、ジャック・ニコレとの提携は、最初の一歩に過ぎなかった。

 ペスカロロオートモビルが設立しても、それは会社としての組織の問題であって、従来のペスカロロスポーツと設備は変わらなかった。大規模な風洞設備は当然ながら、カーボンモノコックを焼き上げるような、大きなオートクレープも持たなかった。そこでペスカロロは、第一級のコンストラクターが必要とする設備を充実させることを急いだ。
 その結果SORAコンポジットを買収することとなった。現在SORAコンポジットはペスカロロスポーツの傘下にある。

 ところが、昨年後半の急激な景気の後退によって、大きな影響を受けたジャック・ニコレは、趣味としてスポーツカーレースに関わることを決心して、ペスカロロオートモビルから資金を引き揚げてしまった。同時に、それまでソルニエレーシングと呼ばれたジャック・ニコレのレーシングチームがOAKレーシングと改名したこともご存じだろう。

 ジャック・ニコレの撤退は、ペスカロロに大きな影響を与えた。しかしSORAコンポジットを含むペスカロログループの確立は予定通り行われた。
 その結果、モータースポーツプログラムの代表は、従来通りアンリ・ペスカロロが務めるものの、ペスカロログループの中心として、大きな利益を上げることが期待されるSORAコンポジットはジーン・パイによって運営されることとなった。SORAコンポジット内のSORAレーシングは、アンリ・ペスカロロが責任者を務める。

 この件について、様々な方法によって情報収集に務めたが、エンデュランスインフォのクロード・フーボルトでさえ、大まかな概要しか知らないようだ。
 たぶんジャック・ニコレが引き上げた後、新たな出資者を募ると共に、従来のペスカロログループ内部での出資の見直しとグループ体制の見直しが行われたのだろう。そのため、現在のペスカロログループは、以前のようなアンリ・ペスカロロの個人企業ではなく、通常の株式会社としての形態を持っているようだ。そのペスカロログループの中で、完全にペスカロロの自由が許されるのが、モータースポーツ部門であるのだろう。
 最新モデルのP01の完成が遅れた理由は、このような事情があったようだ。

 当方が最も知りたかったのは、ペスカロロスポーツとSORAレーシングが、同一であるのか?と言うことだったが、どうやら同一の存在ではないらしい。
 なぜなら、エンデュランスインフォのクロード・フーボルトによると、現在ペスカロロスポーツでは、2010年に登場させるニューマシン(2011レギュレーションカー?)の開発が進められており、ペスカロロスポーツのための2台とSORAレーシングのための2台が作られると言うのだ。
  ペスカロロスポーツとSORAレーシングの関係だけでなく、既にペスカロロとプジョーとの提携が発表されて、アジアンルマンシリーズにエントリーするプジョーはSORAレーシングで行われていることを考慮すると、このニューマシンにはプジョーエンジンが組み合わせられることとなるのかもしれない。

5月12日
SpecialEdition
本当にアジアンルマンシリーズにエントリーするのは何台?

Illustration:ACO

 4月2日LMSバルセロナの際ACOは、秋に行われるアジアンルマンシリーズにおいて、輸送代金が免除される24台のリストを公表した。5月9日LMSスパ-フランコルシャンの際には、現時点でのエントリー状況として31台のリストを公表した。
 どうして、エントリーが締め切られていないにも関わらず、ACOが現時点でのエントリー状況を公表したのか? 不思議に思った方も居たかも知れない。その理由は、アジアンルマンシリーズの開催を計画した際ACOが、10年前のルマン-富士1000kmや2年前のJLMCの失敗によって失われた信用を取り戻すため、最低30台以上のエントリーとプジョーとアウディのワークスチームの参加を約束していたからだった。

 昨年夏以降の急激な景気の後退によって、アジアンルマンシリーズは、既存の他のシリーズでさえ青息吐息の状況の中、プジョーとアウディのワークスチームはもちろん、一般の参加車を確保するのも困難な状況に陥った。為替レートの大幅な変動によってユーロが急落したこともあって、富士スピードウェイでの単独開催を諦めて、急遽、同じように資金難に苦しんでいたWTCCと提携して、岡山でダブルヘッダーとして、最初のアジアンルマンシリーズを開催することを決定した。その後上海での開催も決定した。
 このような何が起こっても不思議でない状況であったため、ACOはエントリーが30台を超えた段階でエントリーリストを公表することとなった。
 現在のところアウディの名前が見あたらないのが残念だが、ペスカロロが走らせるSORAレーシングによってプジョーの参加も実現した。現在の不況を考慮すると、ACOは、胸を張って発表出来るエントリーリストと言えるだろう。

*下記がACOが公表した現時点でのエントリーリスト*
http://www.lemans.org/sport/sport/asian_lemans_series/ressources/pdf/2009_05_04_liste.pdf

 ところが、このリストは少々謎だ。最初のイベントは10月30日と11月1日に岡山で行われる。その1週間後11月7日と8日に2つ目のイベントが上海で行われる。しかし、11月8日富士スピードウェイにおいてSUPER GTが行われるのだ。しかも、元々SUPER GTは11月1日に富士スピードウェイでの開催を予定していたにも関わらず、同じ日に同じ富士スピードウェイでのアジアンルマンシリーズの開催が計画されたため、SUPER GTサイドが、開催を1週間遅れに変更した経緯がある。
 つまり、上海でアジアンルマンシリーズが開催されている時、富士スピードウェイではSUPER GTが開催されているのだ。現在アジアンルマンシリーズへ日本から6台がエントリーしている。しかし、東海大学を除く5チームは、SUPER GTに参加しているか、SUPER GTと同じスタッフによって運営されている。そのため、現在6台の中の幾つかのチームは、岡山にだけ参加して上海へは参加しないと考えられている。

 もちろん、ACOはエントリーを受け付ける際、岡山と上海のどちらか片方だけに参加するチームでもエントリーを受け付けている。ACOは発表しなかったが、現在のところ、6台中TEAM NOVA(一ツ山レーシング)のアストンマーティンとJLOCのランボルギーニ・ムルシエラゴだけが岡山と上海への参加を申請しているようだ。

 また、チームゴウはポルシェRSスパイダーで岡山への参加を申請しているが、2009年のポルシェは、ルマン用のローダウンフォースパッケージの空力開発だけを行っており、スプリントレース用のハイダウンフォースパッケージの空力開発は行っていない。そのため、岡山へ参加するのであれば、新たにハイダウンフォースパッケージの空力開発を行わなければならない。たった1レースだけ、しかも参加するのは1台だけであることを考えると、ポルシェやチームゴウが、ハイダウンフォースパッケージの空力開発を行う資金を負担するとは考えられない。現在のところ、チームゴウが岡山へ参加する場合、5年前のルマンのチャンピオンチームは、完全な消化試合であることを納得した上で、大きな参戦予算を計上しなければならない状況となっている。

 まだ、エントリーが締め切られた訳ではないため、ACOは有力チームを積極的に勧誘している。そのための営業リストも存在しており、そのリストのトップにはアウディと童夢が上げられている。10月には東京モーターショーが開催されるが、アウディとプジョーは参加を取り止めた。そのため、今後急激に景気が回復しない限りアウディがアジアンルマンシリーズに参加する可能性は少ないと考えられている。

 童夢については、非常に微妙と考えられている。林みのるは、富士スピードウェイでルマンシリーズを開催するため、積極的に行動していた。彼が理事長を務めるJMIA(日本自動車レース工業会)を通じて、トヨタやホンダとも密接な話し合いを行っていた。JMIAの活動内容の1つに国際レースの誘致と開催が上げられているほどだ。
 ところが、急激な景気の後退によって、大々的な開催を諦めたACOは、林みのるや富士スピードウェイを無視して、勝手にWTCCの主催者であるKSMとの話をまとめた。
 その結果ACOは、逆に林みのるに無視される存在に陥っている。
 ACOは必死で童夢の機嫌を取り直そうとしているが、童夢も金が余っている訳ではないため、よほどの好条件でも提示されない限り、S102が岡山に姿を現すことはないだろう。
 S102のテストが再開されても、岡山への参加は少々難しいかもしれない。

 さらにアストンマーティンの名前と共に、リッキー・千葉のTEAM TAISANの名前も、営業リストの上位に存在している。ACOはタイサンを当確と判断して、2ヶ月ほど前のリストにおいて、タイサンは岡山と上海の両方に参加すると記載されていた。もちろんリッキー・千葉は当惑しているが、それだけ期待が大きいと言うべきだろう。

5月6日
SpecialEdition
2009年のPorsche RS Spyder

Photo:Sports-Car Racing

●ポルシェRSスパイダーを指名した郷和道の目論み
 2004年にルマンで優秀した後、郷和道は一切の活動を取り止めた。ファクトリーチームに対抗してプライベートチームがルマンで成功するため、郷和道は大きな私財を注ぎ込んでいた。そのための反動もあったかもしれない。しかし、最も大きな理由は、頂点を極めた結果、既存のスポーツカーレースに魅力を感じなくなったためだった。
 3つのメーカーによって調整を行うことで成り立っていたSUPER GTに対して、2007年郷和道はマセラッティMC12で挑戦しようと試みたことがあった。1996年マクラーレン“F1”GTRによって全日本チャンピオンに輝いた郷和道にとって、1996年に起きた様々な出来事を清算するための計画だったかもしれない。しかし、買うことが出来る最良のGTレースカーと考えられたマセラッティMC12は、プロトタイプカーへの道を歩み始めたSUPER GTマシンの数秒遅れでしか走ることが出来なかった。2回のテストによって、この事が判明すると、郷和道は、あっさりとSUPER GTプロジェクトをキャンセルして、マセラッティMC12を売りに出した。
 郷和道にとって、SUPER GTが何も魅力が無いことを確認しただけだったかもしれない。

 その後郷和道は、自身によってメディアを立ち上げを目論んだこともあった。しかし、本当の魅力ではなかった。2008年秋になって、急激にユーロが下落して円が高騰した結果、ヨーロッパでは2009年の活動資金を確定出来ないレーシングチームが相次いだ。彼らは自分たちが使っていたレーシングカーを売り出したため、レーシングカーのマーケットは急激に買い手市場へと転じることとなった。
 この現象に対して、最初郷和道は趣味のヒストリックカーが買い易くなったことを喜んでいただけだった。ところが、年末になってポルシェを通じて、オランダのヴァン・メルクステイジンが、彼らが使っていたポルシェRSスパイダーを売りに出していることを聞かされた。ヴァン・メルクステイジンは、VWの“パリ-ダカ”プロジェクトに専念するため、マシンだけでなく、レースに使う機材も売りに出していた。それら総てを含んでも、非常にリーズナブルだった。
 郷和道は、取り敢えず、自分のコレクションとして購入することを考えていた。

 ところが、2010年以降ルマンのレギュレーションは大きく変わる予定だった。極めつけは2011年以降LMP1クラスのマシンは、従来のLMP2と同じ3.4リットルエンジンによって行われることだった。2011年以降、従来のLMP2マシンに幅16インチのタイヤを履いて、車重を900kgとすれば、そのままLMP1でも活躍可能な内容だった。
 どんなに郷和道が裕福だったとしても、たった1年か2年しか使えないマシンを新たに購入するのは難しかった。しかし、それが、大きなモデファイが必要だったとしても、使うことが可能であれば、良い買い物となるだろう。
 このあたりから、郷和道はルマンへの復帰を真剣に考えるようになった。

 しかし、1月末にルマンのエントリーは締め切られるため、郷和道に充分考えている時間はなかった。2004年にルマンに君臨した時のメンバーの多くも、郷和道がルマンに復帰するのであれば、郷和道の元へ駆けつけることを表明していたため、直ぐに郷和道は決心して、RSスパイダーによるルマン復帰が決定した。
 慎重に計画を吟味している時間がなかったため、最初の予定によると、オートポリスで集中テストを行った後、ヨーロッパに渡って、LMSスパ1000kmに参加して、ポールリカールでテストを行う計画だった。しかし、参戦が決定した後、慎重に予算をはじき出してみると、このようなフルメニューのテストを行うには予算が足りないことが判明した。追加で予算を計上することも可能だった。しかし、郷和道は、復帰1年目に闇雲に金を使うのは危険と判断して、追加予算を認めなかった。そのため、オートポリスでのテストをキャンセルして、富士スピードウェイでのテストに切り替える一方、スパ1000kmへの参戦については、参戦を望むスポンサーの決定に委ねることとなった。

 元々オランダのチームが所有していて、ポルシェのヴァイザッハで受け取ったクルマを、郷和道が、わざわざ日本に持ってきた理由は、オランダの消費税が非常に高かったため、一旦日本に輸出した方が割安だったからだった。
 このプロジェクトのため、郷は、富士スピードウェイの近くに新しいガレージを借りていた。そこでRSスパイダーは整備されることとなった。2009年のチームゴウのメンバーの多くは、2004年に郷和道と共にルマンでの優勝を経験していた。郷和道が活動を取り止めた後、彼らの多くは童夢のルマンプロジェクトに参加していた。そのため、ルマンについて、日本で最も経験豊かなメンバーが揃っていると言えるかもしれない。

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2009年レギュレーションの幅1.6mのリアウイングはこんなにも狭い。幅だけでなく弦長も短い。

●2009年のポルシェRSスパイダー
 2009年ルマンのレギュレーションは変更されて、LMP1とLMP2クラスのマシンは、40cm狭い幅1.6mのリアウイングの使用が義務付けられている。LMP2クラスの場合、LMP1との差別化を明確とするため、リストリクターの大きさが10%小さくされる。小さいリストリクターは、パワーが小さくなるため、より燃費が良好になると共に、プライベートチームにとって、より高い信頼性を得ることが可能であるため、歓迎すべき内容だった。しかし、40cm幅の狭いリアウイングは、新たな空力開発が要求されるため、頭の痛いレギュレーションだった。

 リアウイングが小さくなることによって、リアを中心として大きくダウンフォースが失われる。リアウイングによって、床下の空気を吸い出しているため、減るダウンフォースはリアだけでなくフロントもだった。
 そのため、総てのコースで最良のポテンシャルを発揮することを考えると、大きな予算を計上して、完全に空力開発をやり直さなければならなかった。RSスパイダーを走らせるレーシングチームの総てがプライベートチームであることを考えると、大きなコストをかけて大がかりに空力開発を行っても、それを価格に反映するのは難しかった。

 幸か不幸か、急激な景気の後退によって、2009年にRSスパイダーを走らせるレーシングチームは、チームゴウとESSEXの2つだけと考えられていた。マセラッティMC12によってFIAGTのチャンピオンを獲得したヴィータフォンは、最初ホモロゲイションを持たないマセラッティでルマンへ参戦することを目論んでいた。もちろんACOに拒否された後、ヴィータフォンは、ポルシェRSスパイダーによってLMP2クラス参戦する旨、エントリーリストに記載した。ところが、ヴィータフォンの行動は、ポルシェも知らされてなかった。その直後ポルシェが2009年の活動内容を発表した際、ポルシェの支援によってRSスパイダーで活動するチームは、チームゴウとESSEXの2チームとしか発表されなかった。

 ヴィータフォンが走らせようとしていたRSスパイダーは、ポルシェから買おうとしたものではなかった。最初ヴィータフォンは、ペンスキーとコンタクトしている。しかし、ポルシェに限りなく近いーシングチームであるペンスキーが断った後、ヴィータフォンは、RSスパイダーを所有する様々なレーシングチームと交渉したようだ。もしかしたら、郷和道に売り込んだオランダのヴァン・メルクステイジンにも連絡したかもしれない。しかし、景気後退は、クルマを売ろうとしているレーシングチームだけでなく、買おうとしているレーシングチームも変わらない。
 しばらくすると、ヴィータフォンは、RSスパイダーを買うのではなく、レンタルすることに計画を変更した。そうして2009年にローラ/マツダを走らせることが決まって、RSスパイダーを売りに出していたロブ・ダイソンと交渉を開始した。ヴィータフォンが持ち込んできた計画に対してロブ・ダイソンも興味を示した。しかし、ロブ・ダイソンはレンタルではなく、RSスパイダーを販売することを望んだ。ルマン参戦については、息子のクリス・ダイソンを乗り込ませることで、何らかの支援をすることも表明していたらしい。
 非常に良い申し出のように思われたが、ヴィータフォンはルマンプロジェクトを諦めて、2009年もFIAGTでマセラッティを走らせることを決定した。FIAGTで現行のGT1カーが走れるのは2009年限りであるため、ヴィータフォンのルマンプロジェクトは2010年に再開されることとなるだろう。

 ヴィータフォンが姿を消しただけでなく、チームゴウとESSEXも、シーズンを通じて大々的な活動を行う予定はなかった。どちらもルマンが中心で、もしかしたらESSEXが、1つか2つのLMSで走るだけと考えられていた。
 そこでポルシェは、ダウンフォースが要求されるテクニカルコースでの活躍を諦めて、ルマンに特化したローダウンフォースパッケージに絞って空力開発を行うこととなった。
 小さいリアウイングを装着することによって、大きくダウンフォースが失われる。翼端版の大きさが決まっているため、ウイングの迎え角を大きくして、ダウンフォースを稼ぐことは出来ない。新たにロードクリアランスを巧妙に設定することが、新しいレギュレーションで成功するためのポイントと考えられていた。
 ポルシェに限らず、スポーツカーのデザイナー達は、よりリアのロードクリアランスを低く設定することが有効と判断した。しかし、誰が考えても判るように、床下のスペースが小さくなると、空気を効果的に吸い出すことは出来ない。
 そこで、ボディのテイルエンドから吸い出される空気は、リアのダウンフォースのために使うこととして、フロントのダウンフォースは、ボディのテイルエンドから空気を吸い出すことに頼るのでなく、床下に取り入れた空気がボディ中央の床下に入り込む前、フロント部分からボディ外側に空気を吸い出すことで獲得しようと考えた。

 ダウンフォースを獲得することが目的であるため、最初従来テクニカルコースで使われたハイダウンフォースパッケージ用のフロントノーズを使って、新しい空力開発は行われた。アストンマーティンやORECAを見ると、そのことが良く判る。ポルシェも、同様にハイダウンフォースパッケージをベースとして新しい空力開発を行っていたらしい。しかし、元々大きなダウンフォースを発生するノーズはドラッグも大きいため、効果的にダウンフォースを得ることは出来ない。その結果ポルシェは、ローダウンフォースパッケージをベースとして、空力開発を行った。
 そうして完成した2009年の空力パッケージは、フロントノーズそのものは2008年と変わらない。しかし、ルマンパッケージでありながら、ノーズの床下から空気を吸い出すため、フロントノーズ左右にカナードウイングが取り付けられる一方、独立したフロントフェンダーとサイドポンツーンを繫ぐフィンが、よりドラッグを削減することを目的として、新しいデザインのものと交換されている。

 新しい空力パッケージは、3月始めのポールリカール合同テストの際、ESSEXのRSスパイダーに取り付けられて登場した。非常に良い空力バランスを実現していたが、ポールリカールを走る限り最良とは言えなかった。ポールリカールは、高速コースであると共に幾つかの回り込んだハイスピードコーナーが存在するため、単純にロードラッグの空力パッケージとしてしまったら、速く走ることは出来なくなってしまう。
 ポールリカールテストの際ザイテックも、新しい空力パッケージのボディの09Sを登場させている。ザイテックはLMSにも参加するため、ルマンだけでなくテクニカルコースを考慮した空力開発を行っていた。その結果ザイテックを走らせるASMがLMP2クラスのトップタイムを記録することとなった。ESSEXを走らせたエマニュエル・コラールは、慌ててタイムアタックを試みたが、クラッシュしてテストを切り上げることとなった。

  LMS開幕戦バルセロナでの速さを見ても、ザイテックの空力開発は的を得ているようだ。郷和道がLMSに参戦するのであれば気になる問題かもしれない。現在でもポルシェは、ルマンに向けて空力開発を行っているが、来週5月13日と14日何チームかが合同で行うポールリカールテストの際、チームゴウのRSスパイダーに施されて登場する予定だ。

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左が暫定的にチームゴウが使用した2008年タイプのフィン。右が2009年レギュレーションに対応するため、新たにポルシェがデザイン
したフィン。ポールリカールで、この新しいフィンが使われる予定だ。

●富士スピードウェイに登場したチームゴウのRSスパイダー
 3週間前富士スピードウェイにおいてチームゴウは、最初のテストを行っている。このテストは新制チームゴウとして最初のテストで、ポルシェの契約ドライバーであるサッシャ・マッセン、荒聖治、そして国本京佑が参加した。国本京佑がLMPカー初体験であることもあって、郷和道はタイムを追求するテストの厳禁を指示した。
 富士スピードウェイに登場したチームゴウのRSスパイダーは、2009年の10%小さいリストリクター付きのエンジンと幅1.6mのリアウイングを装備していたが、それ以外は2008年のままだった。特に独立したフロントフェンダーとサイドポンツーンを繫ぐフィンは、2008年のものが取り付けられていた。

 最初から空力開発を行う予定はなかったのかもしれないが、高いロードクリアランスで走り始めたRSスパイダーは、当然ながら極端なオーバーステアであって、最初に乗り組んだサッシャ・マッセンから、乗り難さを指摘された結果、ロードクリアランスを下げて走ることとなった。その段階でサッシャ・マッセンに代わって荒聖治が乗り組んだ。荒聖治も最初乗り難さを指摘した。しかし、これまで様々なドライバーとペアを組んで、好みの違うドライバー達のセッティングで走ることが多かった荒聖治にとって、ある程度乗り難いクルマをドライブすることは珍しいことではなかったようで、あっさりとサッシャ・マッセンを上回るトップタイムを記録した。 
 荒聖治が頼れるドライバーであることが確認された後、RSスパイダーには国本京佑が乗り組んだ。新進気鋭の若手ドライバーらしく、国本京佑は、そつなくRSスパイダーをドライブして、そこそこのタイムを記録した。
 残念ながら、2日目が雨となったため、それ以上の進歩はなかったが、チームゴウの面々が2009年レギュレーションのRSスパイダーを経験する貴重な機会となった。

 チームゴウが富士スピードウェイで走った際、完全な2009年の空力パッケージでなかっただけでなく、充分なセットアップを行うことが出来なかった。来週行われるポールリカールテストには、ESSEXのRSスパイダーも登場する予定だ。既に完全な2009年の空力パッケージで走行しているESSEX、そしてポルシェが続けている空力開発のデータを得て、チームゴウがどのようなテストを行うか?興味は尽きない。
 よほどの問題がない限り、ポールリカールテストの後ルマン本番まで走らない、と郷和道は話している。もちろん、問題とは? 2009年の空力パッケージを上手くセットアップ出来ない場合のことだが、来週のテストの結果を期待しよう。

 2009年、細かな部分も、ルマンのレギュレーションは変更されている。例えばピットストップの際、インパクトレンチが1つしか使えないことだが、LMS開幕戦バルセロナでも、1つのインパクトレンチのトラブルが発生している。たった1つのインパクトレンチをクルマの反対側に放り投げるチームが相次いだ。どうやら、ピットのガレージ内には2つ目のインパクトレンチが存在していることで解釈は落ち着いたようだが、2009年のルマン本番では、減ったダウンフォースによってタイヤのライフが短くなることが予想されるため、ピットワークがポイントとなると考えられている。2004年素早いピットワークを誇ったチームゴウでも、1つのインパクトレンチを巧妙に活用する方法が検討されている。

4月30日
SpecialEdition
GT300の性能調整は妥当だったか?

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●SUPER GTが確立するため、もう一つのポイントであるGTE
 GTレースは、様々なクルマが一緒に競争することを前提としている。しかし、様々な違ったクルマによって、拮抗したレースを実現するのは非常に難しい。そこで世界中のGTレースと違って、SUPER GT最大の特徴として、特定のクルマが勝ち続けることがないよう、様々な方法によって、性能調整を行っている。
 逆の見方をすると、この性能調整如何によって、 各々のクルマのパフォーマンスは決まってしまうと言えるかもしれない。当然ながら、どのレーシングチームも、自分達に有利な性能調整を獲得することを望んでいる。

 GT500クラスの場合、事実上3つのメーカーが関与するクルマしか参加していないため、3つのメーカーを納得させるカタチで性能調整は行われる。もちろん、完全に3つのメーカーを納得させることは難しい。そこで(様々なクルマが一緒に走る)本来のGTの定義とは違う、基本的に同じエンジンと、ほとんど同じディメンションの車体を義務つけた2009年レギュレーションが作られた。
 残念ながら、3つのメーカーが一斉に2009年レギュレーションへ切り替えるのは不可能だったが、GT500クラスの場合、2009年レギュレーションの施行によって、大胆な性能調整は姿を消すことが期待されていた。

 本来のGTとは違った方向へ歩み始めたGT500と違って、GT300は、世界中の何処のGTレースでも見られないような、たくさんのクルマが一緒に競い合っている。違うクルマと言うだけでなく、まったく違ったレギュレーションに従って作られたクルマが一緒に走るのであれから、GT300の性能調整は非常に困難だった。
 性能調整の如何によって、喜ぶチームも存在すれば、不満を抱えるチームも出てくる。性能調整は、シリーズを確立する上でも、非常に危険な要素をはらんでいた。

 2年前旧GTAが崩壊する切っ掛けは、SUPER GTのエントラントによって組織されたGTエントラント協会(GTE)が、旧GTAに対して、間違いの是正を要求したことだった。そして現在の株式会社GTAが組織されることとなった。このような成り立ちがあるため、GTEは、SUPER GTを成立させる重要な存在となっている。
 特に場合によっては3つのメーカーの間で調整可能なGT500クラスと違って、総てがプライベートチームであるGT300クラスの場合、GTEが取りまとめていると考えても間違いないだろう。

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●自分たちで性能調整を行おうと考えたGTE
 GTEとしても、会員であるレーシングチームが、性能調整によって、不満を募らせる状況は、非常に危険な状況であると考えていた。しかし、誰かが性能調整を行わなければ、拮抗したレースを実現することは不可能であるため、誰もが満足出来る性能調整を求めて、話し合いを続けた。

 総てがメーカーと関わりのあるチームで競われるGT500と違って、GT300は総てがプライベートチームだ。つまり、GT300の場合、非常に高度なレーシングチームだけでなく、本来レースを得意としないレーシングチームも存在する。ドライバーに目を向けると、プロフェッショナルなドライバーだけでなく、アマチュアドライバーも少なくない。
 様々なクルマが走るだけでなく、このようなチーム毎の事情を加味した性能調整が求められていた。

 昨年までレーシングチームは、GTAやJAFからの性能調整(レギュレーション)を受け入れるしかなかった。そこでGTEは、自分たち自身による評価を性能調整に反映させることを目論んだ。
 と言っても、GTEそのものが、様々なクルマを走らせるレーシングチームの集まりであるため、それらの意見を取りまとめることは、ほとんど不可能だ。そこでレーシングチーム自身に、自分たちのクルマ(チーム)の評価を行わせることとなった。昨年末GTEは、GT300のレーシングチームに対して、自分たちのクルマの@空力、Aパワー、Bシャシー性能etc等評価する採点表を配布した。それぞれのレーシングチームは、この採点表に従って、自分自身のクルマを採点して、翌2月GTEが採点表を回収して、GTAに提出された。
 もちろん、各チーム自身による評価であるため、同じクルマを走らせていても、それぞれのチームによって違う点数を付けたチームもあっただろう。しかし、それまで外から評価するだけだった性能調整に対して、評価されるだけだったレーシングチーム自身の意見が反映された最初の出来事となった。

●2009年GT300性能調整一覧 *注:第1戦開始時点のもの

No.2  紫電MC/RT-16                重量-リストリクターはJAF GT300                性能調整+75kg
                                   上記を除き09JAF GT300

No.5  VEMAC RD320R              重量-リストリクターは09GTA GT2               性能調整+50kg
                                 上記を除き09JAF GT300

No.7  RX7(FD3S)                      重量-リストリクターはJAF GT300         性能調整+50kg
                                              (42.8mm×1/1100kgまたは43.8mm×1/1150kg)
                                     フラットボトム一部削除、EXHトンネル規定免除
                                     上記を除き09JAF GT300

No.10 Ferrari F360 MODENA    重量-リストリクターはJAF GT300               性能調整+10kg
                                              Rウイング高さ上限は天井最大延長点
                               上記を除き09JAF GT300

No.11 Ferrari F430                   重量-リストリクターはJAF GT300          性能調整±0kg
                                   上記を除き09JAF GT300

No.19 LEXUS IS350                  重量-リストリクターはJAF GT300           性能調整+10kg
                                               RV8Jエンジン搭載、F隔壁一部前方移動
                                    Rドア開口部設置   
                                    上記を除き09JAF GT300

No.26 PORSCHE911GT3RS        重量-リストリクターは09GTA GT2                性能調整+60kg
     (996)                                   F/Rオーバーハング80mm延長
                               上記を除き09JAF GT300

No.30 LEXUS IS350                  重量-リストリクターはJAF GT300           性能調整+10kg
                                              RV8Jエンジン搭載、F隔壁一部前方移動
                                   Rドア開口部設置   
                                              上記を除き09JAF GT300

No.31 COROLLA AXIO             重量-リストリクターはJAF GT300           性能調整+50kg
                                              車両高さ変更、Fドア改造、Rドア開口部設置   
                                               上記を除き09JAF GT300

No.33 PORSCHE911GT3RSR       重量-リストリクターは09GTA GT2               性能調整−25kg
     (997)                                    上記を除きFIA GT2

No.43 GaraiyaGT300VQ              重量-リストリクターはJAF GT300          性能調整+25kg
                                                上記を除き09JAF GT300

No.46 FAIRLADY Z33               重量-リストリクターはJAF GT300           性能調整/
                                               上記を除き09JAF GT300

No.55 PORSCHE911GT3RS       重量-リストリクターは09GTA GT2              性能調整−25kg
      (996)                               *条件付き
                              上記を除き2008年FIA規則J項257条

No.62  VEMAC RD408R           重量-リストリクターは09JAF GT300              性能調整+25kg
                               上記を除き09JAF GT300

No.66 MurucielagoRG-1          Rウインング幅車体全幅、高さ車両最高点   性能調整+5kg
                                          カーボンブレーキ禁止                               (27.2mm×2/1255kg)
                                              F空力装置、サイドスカート、R空力装置の前縁・側縁は半径5mmのR形状
                                              09JAF GT300規定12条(安全装備・装置)を満たすこと
                                              コンプリートホイール幅12インチ
                              上記を除き2008年FIA規則J項257条

No.74 COROLLA AXIO            重量-リストリクターはJAF GT300           性能調整+50kg
                                            車両高さ変更、Fドア改造、Rドア開口部設置   
                                             上記を除き09JAF GT300

No.81 Ferrari F430                重量-リストリクターは09GTA GT2           性能調整−25kg
                                             上記を除き2008年FIA規則J項257条

No.87 GALLARDRORG-3          FIA GT3公認書記載図の車体外観       性能調整
                                          メインフレーム補強許可(JAF GT300規定適用)  (27.6mm×2/1150kg)
                                              左右サイドステップ後端のRホイールアーチ前に直径90mmの冷却ダクト用の開口許可
                                              コンプリートホイール幅12インチ
                              上記を除き2008年FIA規則J項257条

No.88 GALLARDRORG-3         FIA GT3公認書記載図の車体外観       性能調整
                                         メインフレーム補強許可(JAF GT300規定適用)  (27.6mm×2/1150kg)
                                            左右サイドステップ後端のRホイールアーチ前に直径90mmの冷却ダクト用の開口許可
                                            コンプリートホイール幅12インチ
                            上記を除き2008年FIA規則J項257条

No.110 PORSCHE BOXSTER   重量-リストリクターは09GTA GT2                  性能調整+50kg
     (986)                                 F/Rオーバーハング80mm延長
                            上記を除き09JAF GT300

No.111 PORSCHE911GT3RS    重量-リストリクターは09GTA GT2                  性能調整±0kg
      (996)                               F/Rオーバーハング80mm延長
                            上記を除き2008年FIA規則J項257条

No.666  VEMAC RD320R         08JAF GT300フラットボトム、F空力装置適用  性能調整+50kg
                                            但しF空力装置は、上から見た場合、車両輪郭の内側
                                             カナード及び、それに類似する形状は不許可
                                            重量-リストリクターはJAF GT300
                             上記を除き09JAF GT300

No.808 BMW Z4                GT300参加区分申請書、                         性能調整±0kg
                                             テクニカルパスポートによる外観、緒言の維持
                                            重量-リストリクターは09GTA GT2
                              以下を除き09JAF GT300
                                            E39M5エンジン搭載、前部空力装置/後部空力装置/後部床下空力装置設置の免除(申告状態)
                                            エアボックス規定免除(申告状態)
                                            燃料タンクの位置を免除、一部を助手席へ設置を許可


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●GT300の性能調整は妥当だったか?
 上記の性能調整は、各々のレーシングチームによる自己申告と共に、昨年の成績を加味して決定されているのは言うまでもない。例えば、同じポルシェでも、幅14インチの大きなタイヤを履くNo.33 997と比べて、2インチ狭い幅12インチの小さなタイヤを履くNo.26 996の方が重い性能調整重量を課せられていたり、同じ996同士でも、No.55よりNo.26の方が重いと言った違いを見ることも出来る。
 未曾有の不況下であることも影響していて、チームの参戦コストを削減するため、2009年レギュレーションの床下や空力装置の設置を免除する内容も少なくない。

 では、これらの性能調整は妥当だったのだろうか?
 現在2回のレースを終了して、開幕戦岡山が豪雨の中で行われ、第2戦鈴鹿は、コースの半分が新しい舗装だったことを考えると、決定的な問題が存在するとは思えない。違うレギュレーションで作られた2台のフェラーリF430が活躍したことを見ても、そこそこ妥当だったと言えるだろう。しかし、同じ4ドアセダンをベースとしながら、違う性能調整で走っているレクサスISとカローラ・アクシオ、ポルシェ997と996の2つは、少々疑問が残る内容だった。
 と言っても、開幕戦で優勝したレクサスISと第2戦鈴鹿で優勝した997は、大きなウエイトハンデを科せられたため、今後しばらくの間、上位に進出するのは難しい状況であるため、問題視されることもないだろう。
 つまり、苦労した末に盛り込まれた2009年のGT300の性能調整は、そこそこ妥当と言えるだろう。

4月1日
SpecialEdition
未曾有の不況下で新しいシーズンを迎えたSuperGT

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●本当にコストは減るのか?
 昨年夏以降急激に景気が後退した。しばらくの間日本への影響は少ないと考えられたが、10月になると急激な円高を契機として、あっと言う間に日本中に不景気の嵐が吹き荒れるようになった。最も大きな影響を受けたのは、自動車関連産業だった。もちろんモータースポーツも例外ではなく、極端に大きな金を使っていたF1GPやWRCラリーから撤退するメーカーが相次いだため、世間にも最悪の状況が知られる結果となった。しかし、その頃ほとんどのメーカーが、総てのモータースポーツからの撤退を検討していたことは、あまり知られることはなかった。第一ほとんどのメーカーは、2009年を迎えるまで、2009年のためのモータースポーツ予算を獲得することが出来なかった。
 3月に新しいシーズンが開幕するにも関わらず、2月になるまで、まったく先が見えなかったのだ。

 SuperGTの場合、辛うじて3つのメーカーが活動を継続することとなった。しかし、新しいレギュレーションが施行される記念すべき年だったにも関わらず、早々と昨年夏、景気が後退する前!にマシンを完成させたトヨタを唯一の例外として、ホンダとニッサンはマシンを開発する機会を得ることが出来なかった。
 大幅に規模を縮小しながら、辛うじてホンダとニッサンも2009年のモータースポーツ予算を獲得した。しかし、シーズン開幕直前になって予算を獲得しても、ニューマシンを準備することは不可能だった。
 既に昨年初め、新しいレギュレーションの3.4リットルエンジンの開発が不可能だったニッサンは、多少準備を行う時間があったかもしれない。しかし、まったく新しいマシンの開発が必要だったホンダは最悪のスタートとなった。
 しかし、ホンダ、ニッサン、トヨタ本体は、生産調整のため、幾つかの工場の操業を停止されただけでなく、売れない在庫のクルマの置き場に困って、彼方此方の関連企業の空き地を車両保管場として使う状況だった。広大な敷地を持つ富士スピードウェイの駐車場がトヨタの車両保管に使われていたのは、みなさんも知っているだろう。
 このような最悪の状況の中、ホンダやニッサン、そしてトヨタは、どのような貧弱な体制であっても、「撤退しないでレース活動を継続しただけでも、感謝してもらいたい」と言うのが本音だっただろう。

 SuperGT自体も、経費を縮小する方法を模索した。そして世界中の彼方此方のレースシリーズが選択したように、レースイベント期間を1日削減することとなった。従来の場合木曜日にサーキットに入って、金曜日に車検と様々なミーティングと2回(以上の)のフリープラクティス、土曜日に2回の予選とスーパーラップ、日曜日に決勝レースを行っていた。2009年の場合、サーキットに入るのを金曜日の夕方として、土曜日にフリープラクティスと予選、そして様々なミーティング、日曜に決勝レースを行うこととした。さらに昨年まで数回行われていた公式テストをシーズン開幕前の1回だけとして、メーカーによるテストも自粛することとなった。従来1基のエンジンが2レースで使われていたが、2009年は倍の4レースで使うこととなった。大幅なコストの削減が可能と判断されていた。
 そして2009年のシーズンが岡山でスタートした。

 金曜日にサーキットに入ることとなって、間違いなく削減されたのは、1日分の宿泊費だ。1チームあたり大体20〜40万円の費用が削減可能と考えられている。しかし、従来金曜日と土曜日の2日間で行われていたスケジュールのほとんどが土曜日の1日で行うこととなって、土曜日に超過密スケジュールが組まれることとなった。チーム監督やマネージャー達が身動きが取れなくなっただけでなく、土曜日の朝初めて走行して、午後には予選を行わなければならないため、タイヤの選択とセッティング変更のため、メカニック達も大忙しとなった。メディアに至っては、事実上インターバルが消滅したため、特定チームを取材するのが精一杯で、それ以外のチームが日の目を浴びる機会は失われた。

 従来富士スピードウェイで行われていた500kmレース、鈴鹿で行われていた1000kmレース、そしてモテギのレース(他と同じ300km)も、経費削減を目的として走行距離が減らされることとなって、それぞれ400km、700km、250kmとなった。GTAは鈴鹿のレースを500kmとしようとしたようだが、鈴鹿は伝統の1000kmのブランドを死守するため抵抗したため、間を取って700kmとなったようだった。
 しかし、従来のメニューの中で、フリープラクティスが半分となって、2回目の短い予選が無くなっただけで、走行距離が大幅に減った訳ではない。そのため、従来2レースで使われたエンジンを4レースで使うこととなると、エンジンは大きな負担を抱え込むこととなった。もしかしたら、4つ目のレースでは、フリープラクティスや日曜日の朝のフリープラクティスでの走行を自粛しなければならないチームが出てくるかもしれない。

Photo:Sports-Car Racing

●特別性能調整は行わない
 新しいレギュレーションが施行される記念すべきシーズンでありながら、急激な契機後退前にマシンを完成させたトヨタを除くと、ホンダとニッサンは、事実上昨年と同じマシンを走らせる。つまり、3つの内の2つのメーカーのクルマが特認車と言う異常な状況となった。しかし、メーカーの状況を考慮すると、止めないで参加しただけでも感謝すべきであるため、性能調整が大きな意味を持つシーズンとなる。
 基本となる2009年レギュレーションは、車重1,100kg、29.1mm×2のリストリクター付きの3.4リットルV8、2,700mm±30mmのホイールベース、短いオーバーハング等低い空力性能、リカルド製トランスアクスルを使ったFRだ。

 元々昨年「2009年レギュレーションを先取りして参加したニッサン」は、多少契機後退の影響と受けたのが早かったようで、昨年初め早くも、新しいレギュレーションの3.4リットルV8エンジンの開発が不可能な状況となった。そのため、ジャドやザイテックから既存の3.4リットルエンジンを買ってくるしか、レギュレーションを満足させる方法がなかった。もちろん、従来と同じ4.5リットルV8を積んで参加した。
 本来のレギュレーションと比べると1.1リットル大きい排気量であるため、昨年までの換算方法であれば、2段階以上排気量が大きく、最低2段階小さいリストリクターの装着が義務付けられるが、大体昨年と同じ換算率が適応されて28.3mm×2のリストリクターと30kgのウエイトハンデが義務付けられた。クルマそのものは、既に昨年の段階で2009年レギュレーションに従って開発されていたため、空力装置を正しい2009年のものと変更しただけだった。

 問題はミッドシップのNSXを走らせていたホンダだった。彼らはミッドシップであると共に、2009年レギュレーションより約20cmも短い2,530mmのホイールベースだった。
 少しでもレギュレーションに合わせるため、準備期間が無かったにも関わらず、ホンダは、従来3.5リットルだったV6エンジンを100cc縮小した3.4リットルV6を開発した。もちろん、オーバーハングを短くする等空力性能を引き下げた。 ミッドシップと言っても、トランスアクスルを使ったFRと比べると、事実上前後に重量配分は変わらないため、もし、GTAが認めるのであれば、ホンダ陣営はホイールベースを延ばしたかったことだろう。残念ながらGTAはホイールベースの延長を認めなかったし、時間も予算も無かった。
 そして、やはり性能調整が難しいクルマであることを理由として、同じ排気量であるにも関わらず、小さな28.8mm×2のリストリクターと20kgのウエイトハンデの装着を義務付けられた。

 これで3つのメーカーのクルマの速さに決定的な差があったら、特別性能調整を行う、大変な状況となったかもしれない。しかし、NSX陣営に開発の遅れが目立つことを除くと、決定的な差があるようには思えない。
 昨年のシーズン序盤を思い出すと判るように、特別性能調整が行われるのを予想してクルマの開発を行っているメーカーが存在した。最初から100kgのウエイトを積んでも速く走れるクルマを特認申請すれば、何の問題もないのだ。
 昨年の反省から、2009年GTAは、到底レギュレーションとは思えない、荒療治を行う。一旦科せられたウエイトハンデは基本的に下ろすことは出来ない。ウエイトハンデの重量も順位に応じて設定するのではなく、シリーズポイントに応じて行われる。第2戦から6戦の場合、シリーズポイント×2=ウエイトハンデkgとなる。第7戦と8戦は、シリーズポイント×1=ウエイトハンデkgだ。最大のウエイトハンデは100kgで、最終戦ではウエイトハンデは除外される。
 荒療治とは、このポイント制と連動したウエイトハンデのことではない。坂東正明GTA代表取締役によると、「建前として特別性能調整を行う予定はない。しかし、速さに差があると判断した場合、事前に時期と方法を連絡しないで、次のレースから特別性能調整を行う」と宣言しているのだ。つまり、坂東親分は、速さに差があると判断したら、一切のレギュレーションを無視して、次のレースで該当するクルマに対して効果的な方法で特別性能調整を行う。
 先週第2戦鈴鹿のウエイトハンデが発表されたが、シリーズポイント毎のウエイトハンデだけで、特別性能調整は盛り込まれなかった。
 「止めないで活動を続けただけでも感謝してもらいたい」と考えているメーカーに対して、GTAが、本当にこのような荒療治を行うとは考え難いが、メーカーの暴挙に対する大きな歯止めとなるのは間違いないだろう。

Photo:Sports-Car Racing

2月3日
SpecialEdition
ロブ・ダイソンと手を組んでトップを目指すマツダ

Photo:Sports-Car Racing

 2006年北アメリカマツダはスポーツカーレースへの復帰を決心した。しかし、当時の計画は、スポーツカーレースの頂点を目指すためではなかった。その頃のマツダはマイナーカテゴリーのフォーミュラマツダが盛況で、フォーミュラマツダでチャンピオンに輝いたドライバー達がステップアップする先を求めていた。
 そして、当時3ローターロータリーエンジンを積んだクラージュC65ハイブリッドカーによってP2クラスで走っていたBKモータースポーツを支援することとなった。 BKモータースポーツは、トップチームとは言えなかったが、マツダの計画自体、トップを目指すものではなかったため、都合の良いパートナーと考えられていた。

 その頃のロータリーエンジンは、トップレベルの開発は行われていなかった。IMSAは、マツダのロータリーエンジンが、AERが作るMGターボやジャドV8に対抗出来るよう、ハンデを与えて大きなリストリクターの装着を認めた。それでもクラージュ/マツダは、MGやローラのせいぜい3秒遅れで走ることしか出来なかった。
 トップレベルの開発が行われてないだけでなく、ロータリーエンジンには大きな弱点があった。その構造上、ロータリーエンジンの軸線はエンジン自体の中心に存在するため、床板から20cm以上と言う非常に高い位置となる。最近のスポーツカーエンジンは、重心を低くするため、床板から92mm以下の高さに軸線をレイアウトしている。もちろんトップレベルのシャシーコンストラクターやトランスミッションメーカーは、床板から92mmの高さの軸線を基準としてリアサスペンションとトランスミッションを開発しているため、既存のトランスミッションやリアサスペンションを、軸線の高さが20cm以上のロータリーエンジンと組み合わせると、トランスミッションとリアサスペンションが、想定外の高い位置にレイアウトされることとなってしまう。
 BKモータースポーツは、クラージュ(当時の)にC65を注文した際、軸線の高さについて、何もオーダーしなかった。心配したクラージュのエンジニアは、トランスミッションを専用で作ることを提案した。しかしBKモータースポーツは出来る限り安いコストを望んだため、非常にアンバランスなクルマが走ることとなった。

 あまりにも遅すぎることから、直ぐにマツダは打開策を検討した。当時、マツダにとってロータリーエンジンが最大のアイデンティティと考えられていたため、ロータリーエンジンの高い軸線に合わせて、トランスミッションを専用開発するものと思われていた。15年前マツダがグループCやIMSA・GTPに参加していた時、ほとんどの場合マツダのクルマはポルシェの5速ミッションと組み合わせられていた。その理由は、956と962の大活躍によって、ポルシェのミッションが高い信頼性を誇ってだけではない。ポルシェのフラット6エンジンは、エンジンの下にエキゾーストが存在するため、見た目と違って軸線が高く、当然ながら重心も高い。この条件がロータリーエンジンにマッチしていた。
 現在でもポルシェのフラット6用として、高い軸線のトランスミッションは存在している。ミッションケースに手を加えて、自分達に都合の良い位置にサスペンションブラケットを設けるだけだった。
 ハイブリッドカーは暫定的に参加を認められているだけだったため、マシンを切り替えるのであれば、その際にコンストラクターに対してトランスミッションを指定することも可能と考えられていた。
 ところがマツダは、ロータリーエンジンの開発を諦めて、新たにフォーミュラマツダ用エンジンをベースとした2リットルターボエンジンを開発する道を選んだ。

 フォーミュラマツダのエンジンは、アテンザの4気筒エンジンをベースとしてドライサンプとしたもので、既にレース用としてある程度の開発が行われていた。また当時フェニックス体制のMGが崩壊したため、MGの4気筒ターボエンジンを開発して、シュアを拡大していたAERは、新たなパートナーを求めていた。そして、マツダとAERは提携して、フォーミュラマツダ用エンジンをベースとして、AERが2リットル4気筒ターボエンジンを開発することが決定した。
 マツダの決定に併せて、2007年BKモータースポーツはマシンをローラB07-43に買い換えた。P2クラスでの活躍が期待されたが、その頃のP2クラスは、ポルシェとアキュラの参入によって、P1クラスのアウディと総合優勝を争うカテゴリーとなっていた。BKモータースポーツのローラ/マツダは、やはり3秒遅れで走ることとなった。

 2008年になってマツダはBKモータースポーツへの支援を拡大して、BPとヨコハマタイヤにも支援を求めた。2008年のBKモータースポーツは、強力なポルシェやアキュラには敵わなくても、それまでの3秒遅れのポジションから脱出出来ると考えられた。
 しかし、BKモータースポーツの走らせるローラ/マツダの速さは相変わらずだった。
 マツダは、やっとBKモータースポーツのポテンシャルの低さに気づいた。改善を要求するマツダに対して、BKモータースポーツは様々な言い訳を述べ、スケープゴートとしてヨコハマタイヤに責任を転嫁しようとした。
 呆れたヨコハマタイヤは、直ちにBKモータースポーツへのタイヤの供給を打ち切った。新たにタイヤの供給を求められたミシュランは、BKモータースポーツのポテンシャルが明らかだったため、当然のように供給を断った。そしてやっとダンロップからタイヤの供給を取り付けたが、ローラ/マツダの速さは変わらなかった。
 マツダを引き留めようとするBKモータースポーツは、新たに“屋根付き”のB08-80を導入した。しかし、ポテンシャルの低さがマシンやタイヤでないのは明らかだったため、マツダはBKモータースポーツとの提携を打ち切った。

 6月にルマンで24時間レースが行われていた頃から、マツダはロブ・ダイソンと話し合いを行っていた。もしかしたら、これらのBKモータースポーツの行動は、マツダの動きを察知したためだったかもしれない。
 そしてBKモータースポーツに“屋根付き”のB08-80がデリバリーされる前の9月、マツダとロブ・ダイソンの提携は決定した。しかし、その後の急激な景気後退によって、マツダとダイソンの提携は12月まで発表されなかった。

 P2クラスで速さを見せていたザイテックでも、最も最先端のLMPカーと考えられていた童夢でも、ダイソンは自由にマシンを選ぶことが可能だった。しかし、新たに開発するのは時間と費用が無駄と考えられたため、使い慣れたローラを再び導入することとなった。以上はダイソンから得たコメントだが、費用が選択の大きなポイントとなっただろう。なぜなら、ローラは2台目を購入するチームに対して、30%〜40%のディスカウントを提案している。2008年後半から急激にローラB08シリーズの販売台数が増えている理由はここにある。そうでないザイテックや円高に苦しむ童夢にとって、ローラの値引き販売は、販売戦略上大きな障害となっている。

 ダイソンは2台のローラB08-80(86)を導入すると共にミシュランと契約した。ドライバーラインナップは、ガイ・スミス、クリス・ダイソン、ブッチ・ライツィンガーの3人の残留組に加えて、マリノ・フランキティとフォーミュラマツダ出身のベン・デブリンが契約した。年末にダイソンは最初のB08-80(86)を受け取った。最新型のB08-80はフロントサスペンションとリアカウルが変更されただけで、基本的に昨年モデルと変わらない。大急ぎでAERマツダ4気筒ターボエンジンと組み合わせて、先週セブリングで行われたウインターテストでダイソンはシェイクダウンテストを行った。まだ取りあえず組み立てられただけの状態で、AERマツダ4気筒ターボエンジンも、昨年までBKモータースポーツのマシンに積まれていたものをそのまま載せ替えただけだった。
 しかし、ポテンシャルの差は明らかで、シェイクダウンにも関わらず、フェルナンデスが走らせるアキュラARX-01bと遜色のないラップタイムをあっさりと記録している。
 2009年のALMSのP2クラスは、従来と同じ幅2mのリアウイングの使用が許される一方、車重は825kgに増やされる。リアウイングが大きくても車重が重くなるため、昨年までのようにP1クラスと総合優勝争いをするのは不可能と考えられている。そのため、最大のライバルはフェルナンデスのアキュラとなるだろう。
 セブリングのウインターテストで好タイムを記録したことで、大きく期待される存在となったことだろう。

1月27日
SpecialEdition
ACURA ARX-02aの正体 フロントにもリアとまったく同じ大きさのタイヤを履くプロトタイプカーの登場

Photo:Sports-Car Racing

 2007年有利なレギュレーションを手に入れたディーゼルエンジンカーは、通常のサーキットで2%、超高速のルマンで3%、ガソリンエンジンカーより速く走った。もちろん、その速さの理由は、圧倒的に大きなリストリクターと1980年代のF1GPターボエンジンに匹敵する巨大なブースト圧による大パワーに他ならない。
 これまでも何度か述べたように、童夢やペスカロロを中心とするガソリンエンジンを使うコンストラクター達は、慎重にロビー活動を行っていた。しかし、急にガソリンエンジンのリストリクターが大きくならないことは明らかだったため、ガソリンエンジンを使う優秀なコンストラクター達は、エンジンパワー以外の方法で、速さを追求することを目論んだ。

 彼らが見出した方法とは、フロントにも出来る限り大きなタイヤを履くことだった。レギュレーションでは、フロントにもリアと同じ大きなタイヤを履くことが認められている。しかし、前後の重量配分と同じ比率で前後のタイヤの大きさを決めなければ、操縦バランスを整えることが出来ない。ミッドシップの場合、通常フロントの方がリアより軽いため、そのようなクルマに、レギュレーションで認められていると言っても、フロントにリアと同じ大きなサイズのタイヤを履いたら、フロントのグリップが勝る一方リアのグリップが負けてしまって、オーバーステアになってしまう。
 フロントにもリアと同じ大きなタイヤを履くためには、前後の重量配分を前後同じか、それに近い値とすることが前提となる。そのため、童夢はS102を開発する際、奇抜な方法によって、前後の重量配分を前寄りにした。

 また、エンジンパワーが大きすぎるだけでなく、エンジンの重さが260kgもあるため、アウディは、出来る限り、リアタイヤの負担を減らすことを目的として、大きなフロントタイヤを必要とした。前後の重量配分はリア寄りだったため、慎重にサスペンションをセッティングすることによって、操縦性を確保することが前提だった。

 理由は違っても、童夢もアウディも大きなフロントタイヤを履いていた。しかし、彼らが履いたフロントタイヤは、大きいと言っても、リアと同じ訳ではなかった。リアよりもほんの少し小さかった。
 童夢やアウディに対して、当時ミシュランは「リアと同じ大きさのフロントタイヤを作る用意もある」と語っている。にも関わらず童夢やアウディが、ほんの少しリアより小さいサイズのフロントタイヤを履いた理由は、空力性能を確保するためだった。2004年レギュレーションとなって、フロントノーズ床下のディフューザーが重視されるようになっている。そのため、大きなフロントタイヤを履くことによって、フロントのディフューザーのスペースが減ることは大きな弱点と考えられていた。そのため、童夢やアウディは、リアよりも多少小さなサイズのタイヤをフロントに履いた。
 特に、超高速コースのルマンの場合、フロントノーズ床下のディフューザーは重要と考えられていた。

 ところが、ルマン以外のコースをターゲットとするなら、リアと同じサイズの大きなフロントタイヤは、大きなアドバンテージとなると考えられていた。ニック・ワースは、この点に目をつけていた。
 そして、2008年クラージュLC70をベースとしたP2カーを開発した際、IRLカーと同じように、フロントのサスペンションアームを前後に移動することによって、ホイールベースを変化させて、ホイールベースの長さだけでなく、前後の重量配分とフロントのオーバーハングの長さを変更する実験を行った。
 P2カーによる試みから、リアと同じサイズの大きなタイヤをフロントに履き、その大きなフロントタイヤの能力を引き出すため、フロント荷重を大きくするコンセプトがまとまった。

 また、完全に新しくエンジンを開発するのであれば、ジャドのようなV10も可能だろうが、HPDは、これまで彼らが開発してきた3.4リットルのV8エンジンをベースとすることを決定した。HPDは4リットルでV8スポーツカーエンジンの開発を決定したが、アウディやプジョーの5.5リットルV12ディーゼルターボの半分の重さであるだけでなく、ジャドのV10と比べても30kg以上軽いことから、リアを軽くフロントに大きな荷重を与えるコンセプトを推し進める理由となったかもしれない。
 と言っても、フロントの荷重を大きするため、ドライバーをホイールベース内の前方にレイアウトしなければならない。つまり、童夢やアウディが懸念したように、フロントノーズ床下のディフューザーのスペースはどんどん小さくなってしまう。そこでニック・ワースは、新たな工夫を行うこととなった。

 大きなタイヤを履くと共に、ドライバーがクルマのノーズ近くに存在したとしても、元々ノーズ床下付近にレイアウトされるものを、クルマの上に移動してしまえば、ディフューザーのスペースを確保することが可能だ。
 そうして考えられたのがトーションバーを使ったサスペンションだった。しかも、トーションバーは、モノコックの下側ではなく、上に取り付けられた。ノーズ床下のスペースは確保出来たかもしれないが、トーションバーとショックアブソーバーのレイアウトが窮屈になってしまった。もちろん、トーションバーだけでなくショックアブソーバーも上側からサスペンションと連結されるため、アームのレイアウトにも影響を与えることとなった。
 大きなフロントタイヤ、大きなフロント荷重、特殊なサスペンションジオメトリーによって、アキュラP1カーのステアリングは非常に重くなってしまった。大型トラックと変わらない重さであるらしい。HPDは、パワーをくわない電動パワステの使用を考えていたが、アウディや童夢が使っている電動パワステでは動力が不足するため、急遽油圧でパワステを作ることとなった。電動と違って、油圧の場合、当然ながら、油圧ポンプを駆動するためパワーが食われてしまう。軽いと言っても、たった4リットルのNAエンジンのトルクはたかが知れている。貴重なパワーが失われることとなった。

Photo:Sports-Car Racing
窮屈なフロントサスペンションに注意。リア部分も完全に再設計されている。エンジンの剛性が向上したのかもしれないが、サブフレームはヘッドカバー上部のものだけとなった。しかし、ベルハウジングではなく、ミッションに直接取り付けられている。ポルシェ911がそうであるように、前後の重量配分を前寄りとするため、ドライブシャフトに大きな後退角がつけられている。ミッション上部左右に取り付けられている棒がトーションバー。その後端に取り付けられ、頭が見えているのが、ミッションケース内に納められるショックアブソーバー。

 大きなフロントタイヤの能力を引き出すには、大きなフロント荷重だけでなく、大きなフロントのダウンフォースも求められる。そのため、アキュラARK-02a P1カーは、長いフロントオーバーハングによって基本的に大きなフロントのダウンフォースを獲得すると共に、たくさんのカナードウイングを備えている。
 昨年9月になって、LMPカーの速さを抑えるため、リアウイングの幅を40cm狭い1.6mに制限することを決定している。アウディが大反対した新しいルールだが、ニック・ワースのコンセプトを考えると、逆に有利となるかもしれない。
 しかし、リアウイングの能力が低下するのは間違いないため、ニック・ワースは、何とリアウイングのスティをウイング下側に設けるのでなく、リアウイングの上に設けて、ウイングを上から支えてしまった。
 この理由は、ウイング下側にスティ等が存在すると、流速を阻害してウイングの能力が低下することを避けたと考えられている。しかし、上側から支えたとしても、リアウイング直前にスティが存在するため、意味がないかもしれない。

Photo:Sports-Car Racing

 こうして完成したアキュラARX-02a P1カーは、2009年ハイクロフトとド・フェランの2つのチームによってALMSに挑戦する。アウディやプショーが居れば面白いレースとなったかもしれないが、2009年のALMSで有力なP1チームはアキュラだけだ。セブリング12時間にはアウディがやって来るかもしれないが、シーズンを通してアキュラのライバルとなるチームは存在しない。ライバル不在のためだろうが、セブリングのウインターテストで、アキュラは、我々の期待よりも遅い1分45秒台で走行している。明らかにテストモードに過ぎないのだ。3月にアウディがセブリングにやって来た時、アキュラが、どれくらいの速さを披露するのか?興味は尽きない。

1月27日
SpecialEdition
ポルシェ997GT3RSR登場

Photo:Sports-Car Racing

 予告通り、ポルシェはセブリングで行われているALMSウインターテストに2009年モデルの997GT3RSRを持ち込んだ。と言うより、注文したレーシングチームは、セブリングで2009年モデルを受け取ったようだ。
 2009年モデルの997GT3RSRの大きな特徴は、昨年7月に登場した4リットルエンジンと、ノーズ中央に取り付けられたラジエターのエアアウトレットをボンネット上面に大きく設けたことだ。ラジエターのエアアウトレットをボンネットに設けるため、ノーズ部分の構造にも手が加えられているようだ。他にもロールケイジが違っているらしいが、確認することは出来なかった。
 従来の997GT3RSRは、ロードカーからの変更点を少なくするため、ノーズにラジエターは設けられていても、ラジエターを冷やした空気は、ボンネット上だけでなく、ノーズ左右のフロントタイヤ前方から排出されていた。このノーズ左右の部分は、カナードウイングを取り付ける重要な場所であるにも関わらず、ラジエターを通過した空気のエアアウトレットが設けられていたため、カナードウイングの効果を発揮出来ないと言われていた。しかも、ノーズから入った空気をボンネット上面に排出することによってダウンフォースを得ることが可能となる。やっと、ポルシェも、レーシングカーの常識を取り入れてくれたと、歓迎しているレーシングチームも多いことだろう。

Photo:Sports-Car Racing

 従来モデルと比べると、明らかにアドバンテージとなることばかりだが、限定販売される20台が即完売といかないじじょうもあるようだ。構造にまで手を加えているが、総てではなくても、元々ボンネット上面にも空気を排出していたため、2009年モデルの(大きな開口部を開けられた)ボンネットと交換することによって、ボンネット上面に排出する空気を増加することが出来る。実際昨日フライングラザードは、従来モデルに新しいボンネットを装着して走行している。しかも、セッティングがまとまっていたこともあって、このハイブリッドカーがGT2クラスのトップタイムを記録した。
ここら辺は、今後チームを迷わせる部分となるかもしれない。

 4リットルエンジンについては、もはや欠かせないアイテムとなっている。1225kgの重い車重を選んで大きなリストリクターを手に入れたことで、排気量の拡大が決定され、3.8リットルよりも4リットルの方が有利と判断された結果、開発されたエンジンであるから、今後少なくともヨーロッパと北アメリカでは普及することだろう。
 これほど手が加えられているのに、どうして価格が下がったのか? 直接ポルシェに尋ねたところ、細かなレギュレーションの違いによって、基本価格はむしろ値段は上がっているとしながら、北アメリカの場合、急激な為替レートの変化によって、値段が下げたことを明らかとした。昨年のルマンの頃、1ユーロ=約180円だった。その頃1USドル=約120円だった。その半年後、1ユーロ=約120円まで急落する一方、下がったと言っても1USドル=約90円だ。これだけ変化していることを考えると、もっと値段が下がっても良いような気もする。
 もしかしたら、日本から2009年モデルの997GT3RSRを注文した場合、より低価格で購入出来るのだろうか?

1月21日
SpecialEdition
JMIAがGTAに対して、GT300クラスにおけるマザーシャシー構想を提案

Illustration Image:JMIA   *注:あくまでもイメージであって、実際のシャシーではありません。

 昨年10月GTAは、GT300クラスにおける統一シャシー構想を、エントラントに対して提案した。現在に至るも、正式には公に発表されてないため、この記事でも提案と表現する。その時の文書は、統一シャシーと記載する等、GT300クラスを1つのシャシーのカテゴリーとするものと勘違いされる内容だったが、後に表現が間違って居たことが明らかとなった。統一シャシーではなく、安価な基本シャシーのことを誤って表現したものだった。

 しかし、GTAが提案したとしても、誰も取り合わないのであれば、独り相撲となって、せっかくの勇気ある構想が消滅してしまう。彼方此方で心配する声が聞かれる中、コンストラクターが集結した団体であるJMIAは、慎重にGT300基本シャシー構想の作成を行っていた。そして、先週東京でJMIAがF20の発表会を行った際、GTAに対して「GT300マザーシャシー構想」を提案したことを発表した。

 イラストはあくまでもイメージであって、実際のGT300マザーシャシーではない。しかし、JMIAには童夢を初めとして、幾つかのカーボンコンポジットスペシャリストが存在するにも関わらず、安価なコストを考慮して鋼管スペースフレームを基本として、ノーズ、コクピット左右、テイルエンドに大がかりな耐クラッシュ構造を設けている。
 右のイラストを見ると、基本となる1つのシャシーでも、様々なクルマに活用出来ることが良く判る。
 JMIAによると、もし、本当にGTAがマザーシャシーを必要とするのであれば、JMIAに加盟する日本のコンストラクター達によって、4ヶ月後にテストカーを走らせることが可能としている。

 JMIAが、GTAに対してGT300マザーシャシー構想を提案した大きな理由は、日本のレーシングカーコンストラクターをはじめとするレース産業に対して、仕事を発生させることである。JMIAは昨年発足直後、海外から出来上がったクルマを輸入するだけで、日本のコンストラクターの仕事を阻害していたJRPに対して、次期FCJを提案している。3つのメーカーが関わっているFCJに相応しく、どのメーカーも関与しないJMIA製エンジンまで含めた意欲的な提案だった。ところが、その時JRPは、JMIAの提案を拒否して、再び日本のコンストラクターの仕事を阻害している。

 このことを教訓として、日本のレース産業の仕事を確保するため、JMIAはGTAに対して提案を行った。
 現在APRのトヨタカローラアクシオ等が使用しているヒューランド製トランスミッションが安価であるため、トランスミッションだけは海外から輸入するようだが、それ以外の総てのパーツが、日本国内で製作される。
 先週の発表会の際、JMIA会長の林みのるは、思わず口を滑らせて価格をしゃべってしまったが、現在のところ正式には価格は発表されていない。しかし、発表会に来られた方々は、JMIAが非常に安価な提案を行ったことに驚いたかもしれない。

 また、メーカーが全力で開発を行っているGT500と違って、これまでGT300は、専用設計を行う予算を捻出出来ないため、不都合を承知で、型落ちのGT500マシンから取り外したパーツを使うことが多かった。しかし、JMIAのGT300マザーシャシー構想が実現した場合、GT300を目指すレーシングチームは、フレームだけでなく、サスペンション、耐クラッシュ構造、燃料タンク等、様々なパーツを安価に手に入れることが可能となる。
 今後の動向が注目される提案であることが判る。提案を受けたGTAは、どのような回答を行うのだろうか?

1月20日
SpecialEdition
JIMGAINER Ferrari F430は1月30日に発表

Photo:JIMGAINER

 2003年JIMGAINERは、童夢が開発したフェラーリ360をSuperGT(JGTC)に送り込んだ。その後フェラーリ360GTレースカーは、JIMGAINER自身によって開発されるようになったが、基本は童夢製のままだった。2006年以降JIMGAINERは、自社による開発体制の構築を目指した。2007年には、フロントにもリアと同じサイズの大きなタイヤを履くよう、大がかりな開発が始まった。
 ミッドシップのフェラーリ360は、当然ながらフロントよりもリアの方が重い。そのため、フロントにもリアと同じ大きなタイヤを履いた場合、受け持つ重量が小さいフロントのグリップが勝って、受け持つ重量が大きいリアが負けてしまうため、常にオーバーステア傾向の操縦性となる。
 JIMGEAINERでは、この対策に苦労することとなった。

 2003年に童夢が開発したフェラーリ360GTレースカーは、戸田レーシングがF355用をベースとして開発した3.5リットルフェラーリV8エンジンの床下を作り替えて、エンジンにもフレームとして剛性を受け持つことを前提としている。しかし、F355エンジンは古く、昨年戸田レーシングは、新たにF430用をベースとして4.5リットルV8エンジンを開発した。ところが、最新のF430用エンジンをベースとする場合、床下の作り替えは非常に困難だった。そのため、エンジンをフレームとして活用することは出来なかった。
 リアのフレーム剛性が低下したため、オーバーステアの操縦性が増長されることとなった。

 戸田レーシングが開発した4.5リットルエンジンそのものは、素晴らしい性能を持つと判断されたため、JIMGAINERでは、新たにF430をベースとしたGT300レースカーの開発を決心した。
 中心となって開発に取り組んだのは福田洋介だった。
 F430用をベースとして戸田レーシングが開発した4.5リットルV8エンジンは、フレームとして活用出来なくても、搭載位置そのものは、より低かった。しかし、より高出力を狙ったフェラーリは、シリンダーヘッドとブロックを大きなものに変更したため、より重く重心は高くなっている。
 そこで福田洋介エンジニアは、エンジンの両側に、より強固なサブフレームを設ける一方、より丈夫なベルハウジングをデザインした。大きく重いエンジンと共に、強固なサブフレームとベルハウジングによって、よりリア周りの重量が重くなってしまうが、これまで、後付で取り付けられていた様々なブラケット類を見直すと共に、オイルクーラーを移動することによって、逆にリア周りの重量を20kg軽くなった。

 2009年のGT300レギュレーションは、従来ホイールベースの間にのみ義務つけられていたフラットボトムを、前後のオーバーハング部分に各々350mm拡大している。そのため、ホイールベースの外側に設けられていたディフューザーの前後長が制限されると共に、跳ね上げ可能な寸法も40mmに制限されている。フロントノーズの左右に取り付けられていたカナードウイングの装着も禁止された。
 ホイールベースの外側でダウンフォースを稼ぐことが難しくなるため、マシンそのものの姿勢を微妙に変化させて、前後のロードクリアランスを最適に保つことによって、空力性能を追求しなければならない。
 ところが、このような微妙なセッティングを行うには、高度なサスペンションが必要となるのだ。
 そこで、リアサスペンションのアームをミッションとベルハウジングにマウントする一方、フロントサスペンションも、ノーズの中央部分にサスペンションアームのブラケットを設けた。ここら辺は、短いホイールベースで安定した操縦性を目標としたAPRと同じと言えるかもしれない。
 この長いサスペンションアームのサスペンションを実現する課程で、フレームも完全に新しくデザインされることとなった。そのため、より軽く重心が低いフレームが作られることとなった。
 より軽いフレームとリア周りの軽量化によって、JIMGAINERでは49:51程度のほとんどニュートラルに近い前後重量配分が可能となると判断している。
 高い剛性のフレーム、位相変化が少ないと共に微妙なセッティングが可能なサスペンション、49:51の良好な前後重量配分によって、JIMGAINER F430は素晴らしい操縦バランスを可能とするだろう。

 完全な状態ではないものの、昨年末田中哲也のドライブによって、岡山国際サーキットにおいてJIMGAINER F430はシェイクダウンテストを行った。完全な状態でないだけでなく、様々なシステムのチェックが中心のテストだったが、既に良好な操縦性を確認している。
 気になる2009年のJIMGAINERドライバーだが、エースの田中哲也に加えて平中克幸が契約することが予想されている。そう、2009年のJIMGAINERは、本気でチャンピオンを狙っているのだ。
   1月30日岡山国際サーキットにおいて、JIMGAINERは公開テストを行うと共に、2009年のための正式発表を行う。
 


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