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2010

12月3日
SpecialEdition 2011年LMPレギュレーションVer.5 これで確定?

Photo:Sports-Car Racing

●LMP1は、相変わらず、ディーゼルの方がガソリンよりも、理論上100馬力以上大きい!
 ACOは10月10日付けで、2011年LMPレギュレーションVer.5を発表している。Ver.5発表直後、ACOはメディアに対して、Ver.5の骨子を公表しただけで、総ての内容は明らかとしなかった。いくつかの点で不可解な部分が存在するため、Ver.6が作られることを予想したACOが、混乱を恐れて、公表を躊躇ったのかもしれないが、先週末ACOは、突然Ver.5の総てを公表した。

 エンジンはLMP1のガソリンが、既報通り最大3.4ℓ以下のNAと2ℓ以下のターボで推定520馬力、ディーゼルも既報通り最大3.7ℓ以下で最大8気筒で、理論上670馬力が可能だ。つまり、理論上、従来と同じく、ディーゼルの方がガソリンより100馬力以上大きなパワーが可能となっている。
 ACOがVer.6を作る可能性があると判断した理由は、この項目に他ならない。ACOは、ガソリンエンジンを使うコンストラクターやレーシングチームの批判、さらに、実際に走った結果、速さに差があると判定された場合、性能調整を行うことを約束している。性能調整は、最低車重、リストリクターサイズ、燃料タンク容量を変更することによって行われる。性能調整については、既にIMSAが実施している方法を参考にしたのだろう。

●2010年の大排気量エンジンの使用も可能
 また、2010年までの大排気量エンジンの使用も、小さなリストリクターの装着を条件として許される。5.5ℓガソリンエンジンは推定510馬力、6ℓガソリンGT1エンジンは推定520馬力、5.5ℓデーゼルターボエンジンは理論上670馬力が可能と考えられている。排気量の大きさを考慮すると、少なくとも、エンジン単体のパワーだけを比較するのであれば、2010年エンジンの方が明らかに優秀だ。
 もし、旧レギュレーションの方が有利であるなら、新しいマシンへ切り替えるチームは居ないが、パワーは同じでも、2011年エンジンの方が圧倒的に軽いため、シャシーバランスの差を考慮した内容だろう。

●ハイブリッドはフロントでの回生がOK 
 ハイブリッドについては、フロントでの回生が許される。しかし、フロントでの回生が許されても、4輪駆動は認められないため、フロントに電気モーターを設置しても、回生するだけで、フロントを駆動出来ない。駆動するため、電気モーターをリアにも設置しなければならないため、フロントで回生する場合重くなる。
 エネルギー回生量は、6月にルマンで公表した通り0.5MJに制限され、非常に僅かとなっている。
 この項目も、ACOがVer.6の必要を検討した理由だったことだろう。
 フロントに電気モーターを設置しながら、回生のみで駆動しないと言うのは、チームにとっては、非常に不可解な内容だが、総てのクルマに対して、ACOが公認したデータロガーシステムの装着が義務つけられ、ACOの監視下で使用されるため、回生のみの使用に厳格に制限される。

●車重は総てが900kg 燃料タンクは小さく
 基本的なディメンションは、既に公表された内容と変わらない。LMP1とLMP2の両方で“屋根付き”と“屋根無し”が可能だ。車重は、LMP1のディーゼルとガソリン、さらにLMP2でも、総てが900kgとなった。
 LMP1が幅16インチ、直径28.5インチ、LMP2が幅14インチ、直径28インチのタイヤを使用するのも変わらないが、LMP2のホイールの最低重量を重くすることによって、価格の安い鋳造アルミニウムホイールの使用を奨励している。燃料タンクもLMP1とLMP2の総てで、ガソリンが73ℓ、ディーゼルは63ℓに縮小された。
 シャークフィンは2010年7月1日以降に完成したマシンにのみ義務つけられる。

●LMP2は厳しい価格制限を義務付け
 LMP2は全面的に価格制限のルールが導入される。マシン本体はエンジンレスで34,5000ユーロ以下での販売が義務つけられる。ルマンを想定したロードラッグボディキットについては、ACOが公認と、10,000ユーロ以下での販売価格が義務つけられる。
 LMP2エンジンは、当初GT2カーのエンジンに限定する予定だったが、対象を拡大して、ACOが公認したエンジンであれば使用出来ることが決定した。ACOの公認を受ける条件は、連続した12ヶ月間に1,000基以上生産されていること、販売する場合75,000ユーロ以下、リースされる場合、2011年と2012年が1,650ユーロ以下、2013年は1,150ユーロ以下となっている。違うシリンダーヘッドとブロックを組み合わせることや、オイルパンを作り替えてドライサンプとすることも許される。
 現行のGT2カーの車重1,200kgと同じ450馬力程度のパワーをターゲットとしており、NAの場合5ℓ以下、ターボの場合3.2ℓ以下の排気量に制限される。6月にルマンで発表された際、ターボエンジンは2.8ℓ以下だったため、排気量3.2ℓのターボエンジンを用意するメーカーが現れたのだろう。
 ECUはエンジン価格の1/5以下に制限することも新たに規定された。
Special Thanks:Mike Fuller/Mulsanne's Corner

*注:詳しくはSports-Car Racing Vol.20の特集ページをご覧ください

11月1日
SpecialEdition ザイテックモータースポーツは何処へ行く  無視された日本

Photo:Sports-Car Racing

●親会社はジネッタスポーツカーだった
 2年前、スポーツカーの老舗として知られるジネッタは、ザイテックへの出資を決心した。
  現在のジネッタは、老人ホーム等介護ビジネスを展開するLNTの傘下にあって、ジネッタのオーナーもLNTの取締役であるローレンス・トムリンソンだ。
 ザイテックへの出資を決定した理由は、ローレンス・トムリンソンが、ブリテッシュスポーツカーの雄であるジネッタスポーツカーに搭載するイギリス製のエンジンを求めていたからだった。ジャド、AER、そしてザイテックの3社を比較して、ローレンス・トムリンソンはザイテックエンジニアリングへの出資を決定した。
 ザイテックエンジニアリングはモータースポーツを担当するため、その後正式にザイテックモータースポーツと改名されている。

 ジネッタのザイテックモータースポーツへの出資は、発行済株式を買い取るのでなく、過半数の株式を得るため、新たに発行した株式を買い取ることによって行われた。この時点でザイテックモータースポーツの株式の40%をジネッタが所有することとなって、ジネッタが事実上ザイテックモータースポーツの経営権を掌握した。
 2009年早くもザイテックエンジンを積んだジネッタスポーツカーが販売されている。6月SuperGTがマレーシアへ遠征した際、セパンで同時に開催されていたGT3アジアシリーズへザイテックエンジンを搭載するジネッタG50Zは登場している。

●新進気鋭の有能なエンジニアリング会社だったザイテック
 ザイテックは、1980年代TWRジャガーのグループC用エンジンマネージメントシステムの開発によって、その名を知られるようになった。その後エンジンマネージメントシステムだけでなく、エンジンビルダーとしても活躍するようになった。
 パノスが最初に搭載したジャック・ロウシュのプッシュロッドV8を改良して、パノスのフロントエンジンGT1カーに高い戦闘力を与えたのはザイテックだった。
 エンジンビルダーとしてのザイテックは、ホンダやジャドで活躍したヒロ・金田と共に活動している。パノスLMP07(バットマンカー)の4ℓV8やGP2フォーミュラの3ℓV8によって、ザイテックは本格的にエンジンビルダーとしての活動をスタートしている。

 その後ザイテックは、2KQの失敗から再出発したレイナードと共に本格的にスポーツカーレースへ参入した。しかし、最初の作品であるレイナード02Sがデリバリーされる直前、レイナードが倒産してしまった。レイナードの負債を抱え込んだザイテックは、紆余曲折の末、レイナードのスポーツカー部門を買い取る決心を行った。そうして2004年ザイテック04SLMPカーが誕生した。
 ザイテック04SLMPカーは、レイナード02Sそのものの車体とリカルド製ギアボックスを使い、ザイテックの3.4ℓV8(LMP2)エンジンとザイテックが開発していた電磁石を使ったパドルシフトシステムを組み合わせていた。エンジンとパドルシフトシステムは、別々にコントロールされるのではなく、統合制御され、新しい時代を披露していた。

 また、1998年ザイテックは、パノスと共にハイブリッドスポーツカーを開発している。電気自動車やハイブリッドスポーツカーの分野において、日本の東京R&Dと共にザイテックは第一人者だった。2008年ロードアトランタでは、エンジンとギアボックスの間のベルハウジングに電気モーターを納めるハイブリッドシステムを発表している。このハイブリッドシステムと基本的に同じものが、翌年マクラーレンF1に搭載されて実戦に登場した。

 ザイテックグループには、様々な部分がオーバーラップする、ザイテックオートモティブとザイテックモータースポーツ(旧エンジニアリング)の2つの会社が存在する。その名の通り、モータースポーツの担当はザイテックモータースポーツで、電気自動車等の開発はザイテックオートモティブの担当となっているが、実際には、多くの面で連携しており、正確に区分けをするのは難しい。
 ローレンス・トムリンソンも、把握してはいなかったようだ。

●ザイテックを完全に掌握しようとしたローレンス・トムリンソン
 ローレンス・トムリンソンにとって、ジネッタスポーツカーへザイテックエンジンを搭載するだけでは、イギリス製エンジンを搭載したイギリス製スポーツカーの存在をアピールするだけで、わざわざ巨額の資金をザイテックへ投入した意味はない。
 ローレンス・トムリンソンは、介護ビジネスによる売り上げによって慈善事業を行うつもりはなく、商売としてザイテックモータースポーツへ出資している。そうでなければ、老人ホームの入居者達から、訴えられてしまっただろう。
 ジネッタがザイテックモータースポーツへ出資した際の理由の1つは、ザイテックが今後期待出来る電気自動車の分野の第一人者だったからだ。ザイテックグループは既にスマートの電気自動車に関わっており、大きな発展が見込まれていた。
 スマートの電気自動車は、ヨーロッパの幾つかの官公庁が採用していた。しかし、スマート電気自動車の担当は、ザイテックモータースポーツではなく、ザイテックグループのもう1つの会社ザイテックオートモティブだった。

 ローレンス・トムリンソンは、積極的にザイテックの技術の販売を目論んでいたようだ。パドルシフトやエンジンは当然ながら、電気自動車、ハイブリッドシステム等、ザイテックが持つ総ての販売を望んだ。ジネッタは株式会社で、LNTも含めて、当然たくさんの出資者が存在するため、このことは決して不思議な事ではない。
 しかし、電気自動車等はザイテックグループのもう1つの会社であるザイテックオートモティブの管轄であるため、ローレンス・トムリンソンはザイテックグループの総てを買収することを目論んだ。

●不可解だった日本メーカー担当者の対応
 2009年ALMSでハイブリッドシステムを組み合わせたジネッタザイテック09SLMPカーが実戦デビューしている。2009年限りでF1GPからハイブリッドシステムが閉め出された後、ザイテックは、世界中にハイブリッドシステムの販売を目論んだ。
 ちょうど日本のSuperGTでは、ザイテック製の電磁石を使ったパドルシフトシステムとリカルド製トランスミッションが使われていた。つまり、ジネッタザイテック09SLMPカーと変わらなかった。2009年ALMSで走ったジネッタザイテック09SLMPカーと同じ、電気モーターが入ったベルハウジングと交換することで、容易にハイブリッドカーに仕立てることが可能だった。

 どのような売り込みが行われたのか判らないが、2010年8月ホンダのフロントエンジンNSXテストカーへザイテックのハイブリッドシステムと組み合わせることが決まって、その後実際にテストが行われた。10月にはSuperGTのタイヤテストにも登場した。
 その頃、2012年からGTAがザイテックのハイブリッドシステムの一括購入して、GT500へ導入するとの噂が囁かれるようになった。その頃GTAは、ハイブリッドシステムを導入する場合、大きな資金が必要となるため、強く否定していた。メディアに対して、ハイブリッド導入の話を知らせないよう、情報公開を強く拒否していた程だった。
 つまり、GTA主導ではなく、メーカーの担当者とザイテックの間で話しは進められていた。

 しかし、トヨタとホンダは、ハイブリッドカーの分野において、世界のリーディングメーカーであって、トヨタはハイブリッドカーの代名詞であるプリウスによって、新時代の自動車文化を創り出している。
 1ドル=80円の超円安となって、日本の自動車メーカーは輸出減少が深刻となる一方、日本国内ではエコカー補助金が終了して、ディーラーの営業マンは、千円単位の値引き合戦を繰り広げているのだ。このようなトヨタやホンダが、自分達と何も関係ないハイブリッドカーをレースで走らせるとなったら、それぞれのメーカーの首脳陣やたくさんの株主はどう感じるだろうか?

 9月から10月にかけて、トヨタやホンダ首脳の間で、自分達が知らない間に進められた、自分達と関係ないイギリス製ハイブリッドシステムのGTレース導入プロジェクトについて、様々な話し合いが行われている。この動きを担当者は知らなかったのかもしれないが、10月17日オートポリスで行われていたフォーミュラニッポンにおいて、JRPは、2012年からフォーミュラニッポンにおいてザイテックのハイブリッドシステムを導入することを発表した。
 ところが、この前日、イギリスでは大変な事態が起こっていた。

●ジネッタが出資を引き上げ、ザイテックモータースポーツ自身が政府への管理を申請
 今年に入ってローレンス・トムリンソンは、ザイテックグループ全体の買収を、ザイテックグループを率いるビル・ギブソンに対して持ちかけている。ビル・ギブソンはローレンス・トムリンソンに不信感を持っていたようで、逆にジネッタが所有するザイテックモータースポーツの株式の40%を買い戻すことを申し出ている。

 しばらくの間、ローレンス・トムリンソンとビル・ギブソンの間で綱引きが行われたが、10月に入るとローレンス・トムリンソンはザイテックの買収を諦めた。そしてザイテックから出資の引き上げを決定した。
 ローレンス・トムリンソンによると、「ほとんど資金を回収出来ないにも関わらず、ザイテックグループの中心であるザイテックモータースポーツは、次々と新しいエンジニアを雇って、新たなクルマ(F1用ハイブリッド?)の開発を行っていた」と語ってる。ローレンス・トムリンソンの目には、ジネッタの金によってザイテックが、自分達のため勉強を行っていると見えたようだ。

 このローレンス・トムリンソンの主張は、その後ザイテックによって、否定されている。
 ザイテックによると、現在負債は一切無いと言う。つまり黒字であると宣言している。

 全株式の40%を所有するジネッタが資金の引き上げた場合、誰かが代わって株式を購入するか、資金を貸さない限り、会社は存続出来ない。しかし、ジネッタの所有するザイテックモータースポーツの40%の株式を手に入れた人物は、ローレンス・トムリンソンに代わって、ザイテックモータースポーツの筆頭株主に就任することとなる。
 ザイテックグループにとって、非常に危険な状況となった。オートポリスでJRPが発表を行う前日、ビル・ギブソンは、ザイテックモータースポーツを死守するため、イギリス政府の管理下とするよう申請した。

 イギリス政府の管理下とする申請を行ったのはザイテックモータースポーツ自身であって、ジネッタでもLNTでもない。もちろん、強制的にイギリス政府の管理下となった訳でもない。この部分を勘違いしたいくつかのメディアによって、「ザイテックモータースポーツがイギリス政府の管理下に入ったため、事実上倒産した」と報道されたため、先週ザイテックは大騒動となった。
 直ぐにザイテックは、これらの報道を否定すると共に、それらを掲載したメディアは、慌てて記事を削除している。
 ビル・ギブソンの反撃に対抗するため、ローレンス・トムリンソンは、21日ザイテックモータースポーツと、ザイテックグループを率いるビル・ギブソンに対して500万ポンドの訴訟をおこした。
 2002年のレイナードの倒産劇と同様、今回の出来事は少々複雑だ。しかし、11月半ばまでに、何らかの進展が見られるだろう。

10月20日
SpecialEdition ALMSの選択  最良のマーケティングと若いレースファンの取り込み

Photo:Sports-Car Racing

●理想的なマーケティングコンディション
 “プチ-ルマン”で行われた恒例のプレスコンファレンスの際、スコット・アタートンは、セブリングと並んでたくさんの観客を集める最終戦“プチ-ルマン”の前までに、2010年のALMSは既に約70万人近い観客動員数をカウントしていることを明らかとした。たぶん、2010年は前年と比べて7万人以上多くの観客を集めるだろうと発表した。

 スコット・アタートンはマーケティングに長けた人物だが、同時に非常に興味深いデータを公表した。近年ALMSは視聴率や選挙の支持率調査で有名なニールセン(Nielsen Media Research)に依頼して、ALMSのマーケティング調査を行っている。
 日本も近い状況かもしれないが、北アメリカでも、モータースポーツファンの年齢は上昇傾向にある。2年前の調査の場合、圧倒的に35才以上の中高年にALMSは支持されていた。しかも、55才以上がファンの最多年齢層だった。日本の我々は、ファンの中心が55才以上のジジイであると判明したら、悲観的な状態と考えてしまうかもしれない。しかし、北アメリカでは、ある点で歓迎すべき内容と判断されていた。

 ALMSで走っているクルマは、安物のファミリーセダンではなく、何らかのカタチで成功を修めた人物でなければ買うことが出来ないプレミアムブランドの高級スポーツカーだ。
 多くの若者にとって、ポルシェやフェラーリは憧れの対象で、将来の目標だが、ポルシェやフェラーリにとって、55才以上の中高年層はマーケットの中心で、大切な顧客なのだ。
 現在ALMSのGTクラスは、ポルシェとフェラーリの2大ブランドだけでなく、BMW、ジャガー、コルベット等多くのプレミアムブランドが競い合う、非常に興味深いレースが繰り広げられている。
 1960年代後半DATSUNブランドでピート・ブロックの240ZがSCCAに参入した時と同様、現在のALMSのGTクラスは、ファンにとっても、メーカーやインポーターにとっても、理想的な状態にあると言えるだろう。

Photo:Sports-Car Racing

●中高年から若者のためのエンターテイメントへ
 しかし、このままファンの中心が中高年のままであると、現在の若者が中高年になった時、ALMSは廃れてしまう。そこで、若いファンを拡大するため、ALMSでは様々な取り組みを行っていた。ミリオネラ専用ではない、知的を売り物とする日本のブランド、マツダとホンダのALMSへの参入は、大きな効果を上げたと考えられている。
 リーマンショックの影響によって、ホンダはHPDブランドによる活動だけとなってしまったが、マツダは260馬力のスターマツダフォーミュラシリーズをALMSの前座で開催して、大きな支持を集めている。
 ポルシェやコルベットが熾烈な闘いを繰り広げるALMSのGTクラスの闘いをSpeedTVで見た若者が、ALMSを開催しているサーキットに足を運んだ時、自分達にも手が届くスターマツダフォーミュラが開催されているのは、マーケティング上重要とスコット・アタートンは語る。
 次に示すメディア戦略が成功したこともあって、ALMSは若者達の興味を集めることに成功しつつあるようだ。
 今年のニールセンの調査によると、やはり35才以上の年齢層がALMSファンの中心であるものの、18才〜34才の若いファンが急増しており、25才〜34才の層は35才〜49才の層と肩を並べるほどであることがレポートされている。

Photo:Sports-Car Racing

●YouTubeに代表される新しいメディアの活用
 これまでALMSは、CBSやABC等のメジャーなTVネットワークだけでなく、モータースポーツのファンの多くが加入しているSpeedTVによってTV放送が行われていた。その理由は、CBSやABCが、それぞれのイベントのスポンサーと密接に行動するため、あるイベントでマツダやアウディがスポンサーとなれば、マツダやアウディのコマーシャルと共に放送を行い、そうでない場合、放送を行わない。そのためイベントを主催するプロモーターやオーガナイザーにとって、水ものの困った存在だったからだ。このことは日本でも変わらない。と言うより、日本では悲惨な状況に陥っている。

 この様な理由もあって、SpeedTVはモータースポーツファンにとって重要な存在となっていた。しかし、SpeedTVは、基本的に有料チャンネルであるから、総てのモータースポーツファンが気安く視聴することは出来ない。このことはSpeedTV自身理解していたため、ALMSや各メーカー、個々のイベントのオーガナイザーと話し合って、独自に資金を捻出して、SpeedTVをインターネット(SpeedTV.com)配信している。
 SpeedTV.comは、当Sports-Car Racingとも協力関係にあるが、有能なマーシャル・プルートの存在もあって、スポーツカーレースファンから大きな支持を得ている。
 SpeedTV.comの様なインターネットメディアは新しいメディアであって、インターネットメディアの致命的なウイークポイントである、課金するのが難しい問題から逃げることは出来ない。イギリスにdailysportscar.comと言うスポーツカーレース専門の有料サイトが存在するが、有料になった途端アクセス数は激減した。そのため、広く知ってもらいたい情報は、ニュースソースから無料にするよう、dailysportscar.comは条件をつけられているようだ。

Photo:Sports-Car Racing

 私はALMSの場合SpeedTV.comだけでも充分であると思っていたが、スコット・アタートンはそうではなかった。ポルシェやアウディも、スコット・アタートンと同じ意見だった。
 そこで各メーカーやスポンサーの資金によって、SpeedTVに映像の制作を委託するものの、世界中のスポーツカーファンが、誰でも無料で視聴することが出来るYouTubeによって、スペシャルビデオプログラムの配信を決定した。
 YouTubeと言うと、権利関係にやかましいフォーミュラカーのシリーズが、目くじらを立てて抗議している場面が思い出されるかもしれない。しかし、ALMSはYouTubeに利用されるのではなく、逆にYouTubeを利用することを目論んだ。
 既にALMSだけでなく、ポルシェ、アウディ、コルベット等のビデオプログラムが多数YouTubeで配信されており、世界中のたくさんのスポーツカーファンが視聴している。“プチ-ルマン”の場合、ポルシェが997GT3Rハイブリッドについてのプログラムを多数配信したため、ポルシェは、ある種のブームを巻き起こすことに成功している。
 YouTubeでの配信は、先に示した若いファンの獲得にも大きな役割を果たしている。

Photo:Sports-Car Racing

 ALMSの選択は、悲惨な状況に陥っている日本のモータースポーツと日本のモータースポーツメディアに、大きなヒントを与えることとなるかもしれない。
*注:Sports-Car Racing Vol.20の関連記事を参照して下さい

9月2日
SpecialEdition コンストラクターであり続ける童夢 次回作はロードカー? それともLMP2?
 
Photo:Sports-Car Racing

 1週間前、カーボンモノコックF4が軌道に乗ったことを確認した林みのるは、これまで独自に行ってきたS102によるルマンでの活動を辞めることを発表した。このことは、昨今の経済状況を考慮すると驚くことではない。
 近年プジョーやアウディの様な自動車メーカー以外で、完全に専用のLMP1カーを開発したのは童夢だけだ。何でもありの汎用マシンのローラ、元々が2006年のクラージュLC70で、現在フォーミュラルマンとモノコックを共用しているORECA、クラージュのパーツを活かして開発したペスカロロ、ローラを見た目だけ作り替えたアストンマーティン等と違って、童夢S102は完全なスペシャルモデルだった。
 当然S102を第一級の速さで走らせるには、それなりの金が必要だ。林みのるは、どこかの自動車メーカーが支援することを前提としてS102プロジェクトを進めていた。2008年のルマンで披露したS102のポテンシャルは、充分に自動車メーカーの興味を惹くものだった。しかし、そのたった2ヶ月後リーマンショックが勃発した。
 童夢はS102による活動を模索し続けたが、先週独自のプロジェクトの終結を宣言した。

 この発表を行った際林みのるは、「ISAKU」なる次回作を公表している。林みのるは明言を避けたが、「ISAKU」は、これまで林みのるが構想してきた、たくさんのスポーツカーの中の1つであるらしい。現在のところ、構想段階であるため、様々なプランが存在するらしいが、基本的にはロードゴーイングスポーツカーであるようだ。
 童夢のことであるから、カーボンファイバーコンポジットモノコックを採用するのは言うまでもないが、ほとんど、そのままの状態で、SuperGTのGT300で活躍出来るマシン。さらには、ハイブリッドシステムを盛り込んだり、レシプロエンジンを持たない、完全な電気自動車まで構想されているらしい。
 ここまでの話であれば、これまでの林みのるの活動を考慮すると、理解出来るかもしれない。
 ところが、どうやら、童夢の野望は、これだけではないようだ。

 もう20年も前の話となるが、グループC末期、少々戦闘力に陰りが見えるようになったポルシェ962をベースとしたロードカーが次々と誕生している。1994年のルマンでSARDのトヨタ94CVを破って優勝したダウアー・ポルシェは、962をベースとして作られたロードカーを、改めてレーシングカーに仕立て上げたクルマだった。
 林みのるは、大胆にも、SuperGTのGT300どころか、ダウアー・ポルシェの様に、ロードカーをベースとしたレーシングカーによって、ルマンで活躍することさえ目論んでいるのだ。
 ところが、1週間前に宣言したように、独自の活動は行わないと言う。つまり、依頼されれば、新たにLMPカーを開発する可能性もあるらしい。販売することを考慮すると、2011年から施行される新しいレギュレーションによって、GT2もしくはホモロゲイションを取得したロードカーベースのエンジンの使用が義務付けられるLMP2カーの開発を、林みのるは目論んでいるのではないだろうか?

 しかし、LMP2カーの車幅は2mであるから、ロードゴーイングスポーツカーとしては非常に幅が広くなってしまう。日本の道幅を考慮しなくても、現実的にLMP2でも通用するロードゴーイングカーは成立し難い。
 近々林みのるは、「ISAKU」構想を公表するらしいが、アッと驚く内容であることは間違いないだろう。
 開発が終了したS102についても、近い内に、興味深い内容が公表されるようだ。


7月20日
SpecialEdition DTM、F-Nippon、そしてSuperGTのGT500を同じジャドの3.4ℓV8で行う!

Photo:Sports-Car Racing

 現在フォーミュラニッポンとGT500は、基本的に同じ3.4ℓのV8エンジンを使って行われている。
 元々フォーミュラニッポンは3ℓV8で行われていた。リニューアルされた時新しいエンジンを求めた際、北アメリカのALMSのLMP2のため、ホンダが3.4ℓV8を開発していたことから、3.4ℓV8を導入することが決定した。
 その決定が行われた時、既にSuperGTのGT500の新しいレギュレーションは構想されており、フォーミュラニッポンとGT500に同じエンジンを使うことが大きなポイントとなっていた。

 その結果日本のドメスティックカテゴリーであるフォーミュラニッポンとGT500は、全世界で行われているLMP2の3.4ℓV8エンジンを使用することが可能となった。LMP2のため、現在ポルシェ、ザイテック、ジャドが3.4ℓV8エンジンを開発している。例えば、新たにフォーミュラニッポンへの参加を目指すレーシングチームが、トヨタやホンダのエンジンではなく、ポルシェやザイテックから3.4ℓV8エンジンを買ってきて、それをFN09に組み合わせることも、ルール上不可能ではない。GT500においても、ザイテックやジャドから3.4ℓV8を買ってきて、ブランド名を記入したカムカバーを作る必要があるかもしれないが、それを組み合わせることで、新エンジンを開発する大きな費用が不要となる。
 実際に3年前、この方法でGT500のエンジンを手に入れようとしたメーカーも存在した。

 2008年秋以降、SuperGTはDTMとの提携の噂が囁かれるようになった。SuperGTとDTMの話し合いは、2000年に始まっているため、従来と比べると一歩進んだ話し合いが行われるようになったと言える状況であるようだ。
 元々DTMは、次期レギュレーションとして、現在の4ℓV8に換えて、新たに5ℓV8の導入を検討していた。1年半前からSuperGTと一歩進んだ話し合いが行われるようになった際、DTM側(ITR)は、彼らが検討していた5ℓプランを白紙とすることを公表している。そしてITRは、GT500とのエンジンの統一を検討するようになった。


Photo:Sports-Car Racing

 少なくともITRが求めたものではないらしいが、昨年秋ジャドから、彼らの3.4ℓV8のLMP2エンジンをDTMの統一エンジンとして、安価に供給するプランが提案されている。DTMはGT500とは比べられないくらいパーツの共通化が進んでおり、トランスミッション、ローターを含むブレーキ等が、非常に安価な価格で納入されている。そのような状況を考慮すると、ITRにとって、安価な統一エンジンの導入は、充分に魅力的なプランだった。

 ところが、ジャドの営業活動はドイツだけで行われていた訳ではなかった。その後日本のフォーミュラニッポンに対しても、ジャドの3.4ℓV8 LMP2エンジンを統一して供給するプランが提案されている。メーカーが直接関与して、宣伝目的で大きな予算をメーカーから捻出しているDTMと違って、資金的に非常に辛い状況におかれているフォーミュラニッポンに対して、ジャドは驚くような安い価格を提示している。何と、ECUを含んだエンジンを1基450万円で供給することを表明している。現在の英ポンドの安さを考慮しても、450万円は驚異的な安さであることは判るだろう。

 当然のことだが、フォーミュラニッポンとGT500は基本的に同じエンジンが使われているため、ジャドはGT500への供給も目論んでいるようだ。つまり、ジャドは、DTM、フォーミュラニッポン、GT500の3つのデメスティックカテゴリーの約50台に対して、同じエンジンを供給することで、新たな活路を見出そうとしている。
 現在のところ、やっと3つのメーカーの3.4ℓV8が揃ったSuperGTにおいて、ジャドのプランは本気で話し合われてはいるようには思えない。金額まで提示されたフォーミュラニッポンは、彼らの懐具合を考慮すると、驚異的に安い450万円は魅力だっただろう。しかし、フォーミュラニッポンがトヨタとホンダの2つのメーカーの資金を拠り所としているため、トヨタとホンダが、現在エンジン開発費用として計上している資金を、新たにレース運営費用として計上出来る環境が整わない限り、安いジャドエンジンを受け入れることは不可能だ。
 DTMにおいても、メルセデスとアウディが納得することが最低条件だ。現在のところ、メルセデスは拒否する意向を示しているが、アウディは、一概に反対している訳ではないらしい。

Photo:Sports-Car Racing

 このように3つのシリーズの対応も曖昧であるため、例えばDTMとSuperGTの提携が決定するとか、何らかの進展があった場合、一気にジャドの統一エンジンの話が進む可能性がある。
 DTM、フォーミュラニッポン、SuperGTの3つが、FIAルールで行われているのなら、FIAの仲介によって、このような統一エンジンのプランが提案されるかもしれない。しかし、DTM、フォーミュラニッポン、SuperGTは、FIAルールで行われているレースではない。特にDTMとSuperGTは完全なドメスティックシリーズだ。もしかしたら、ジャドの背後には、誰かフィクサーが居るのかもしれない。


6月11日
SpecialEdition 2011年レギュレーション2 本当のGTレースへの復帰を目指すACO でっち上げのGT1はノー

Photo:Sports-Car Racing

 2008年6月FIAGTのオーガナイザーであるステファン・ラテルは、アストンマーティンDBR9の最初の3年間のリース期間が2008年末に満了した後、どのレーシングチームも契約を更新する予定が無いことを知って愕然とした。この事実はGT1カテゴリーが存亡の危機に陥ることを意味した。このことは既に明らかだったため、ACOは、2010年以降、GT2をベースとした新たなカテゴリーをGTクラスのトップカテゴリーとしてGTクラスを再構築する計画だった。
 GT2をGTのトップカテゴリーに据えるプランは自動車メーカーにも公表で、最初の段階でアウディとBMWが賛同の意志を示した。その後GMがGT1プロジェクトをキャンセルしてGT2にコンバートすることを宣言した。

 このような流れを知りながら、2008年夏ステファン・ラテルは、2010年(その時点の)GT1とGT2を廃しして、GT3とGT4をベースとしたクルマによってGTクラスの再構築を図ることを発表した。
 ACOとFIAGTのプランは多少違ったが、その理由は同じで、目的も変わらなかった。金のかかるGT1は不要だった。

 その1ヶ月後リーマンショックが勃発して、それに端を発する不況に世界中が陥ったこともあって、ACOやステファン・ラテルの判断が正しかったことを、世界中のスポーツカーレースファンは知った。

 ところが、そうとは思わないメーカーが存在した。秋になって、FIAはワールドコミッションと同時に、GTレースについてのテクニカルワーキンググループを開催した際、GTクラスの再構築が話し合われて、今後のGTクラスについて、ACOプランかFAIGTプランのどちらかに方向を定める話となった。ポルシェ、アウディ、フェラーリは、どちらのプランが採択されても、それに従うつもりだった。GT2プランをスタートしたGMとBMWはACOプランでなければ、せっかく開発をスタートしたGT2カーが無駄となってしまうため、ACOプランを推していた。
 ところが、その採択は行われなかった。あるメーカーが、これまでと違ったGT1プランを推したため、話し合いは振り出しに戻ってしまった。その新しいGT1プランとは、ロードカーと関係ないエンジンや駆動方式を認める内容で、直ぐにアウディとポルシェが反対の意思を表明している。他のメーカーも同じ様な反応だったため、その場で採択した場合、そのまま闇に葬られる運命だった。
 しかし、FIAGTのステファン・ラテル、それにFIAの何人かは、事前にこのメーカーから接触を受けていたらしい。話を継続する意見が出されて、結局採択は行われなかった。

 その後、ACOプランや、元々ステファン・ラテルが提案したGT3とGT4と中心とするプランを推しているメーカーの一つ一つに対して説得工作が行われた結果、それらのメーカーは、参加するメーカーが居るのであれば、2010年にFIAが新しいGT1選手権を行うことに反対しないことを確認した。
 そうして2010年FIAGT1選手権が誕生した。しかし、予想通り、ニッサン以外に参加を表明するメーカーは皆無で、フォードGTによってGT3カップに参加していたスイスのMatechとランボルギーニのGTレースカーを開発していたレイターが参入する意思を明らかとしただけで、レイターは客の存在が参入する条件だった。

 予想と違う方向をFIAが決定したため、ACOは直ぐに方針を決めることが出来なかった。2009年秋になってACOは、2010年シーズンを通して参加するチームが存在するのであれば、ルマン24時間とLMSで新制GT1カテゴリーを設けることを決定した。しかし、最初の段階でシーズンを通した参加チームが見込めなかったALMSは、2010年予定通りGT1カテゴリーを廃しして、GT2のみでGTクラスを構築した。

 その後のFIAGT選手権の状況についてはご存じの通り、予想通り参加チームが現れなかったため、急遽旧レギュレーションのGT1カーに対して、性能調整を行うことで参加を認めることとなった。しかも、この考えを推し進めて、総てのクルマに対してハンデキャップルールを採用することも決まった。旧レギュレーションのGT1カーの勧誘に成功したため、何とかシリーズはスタートしたが、誰の目にもでっち上げたカテゴリーであることは明らかだった。
 GT1と言う名前が一流であるだけで、GMとBMWのワークスチームが参加して、たくさんの最新のフェラーリとポルシェ、そしてアストンマーティンが走るACOのGT2カテゴリーの方が魅力に溢れていた。

Photo:Sports-Car Racing

 そして昨日ACOは、ルマンで記者会見を行って、2011年以降従来のGT1カーによるクラスを撤廃することを発表した。2011年のGTクラスは、予想通り、現在のGT2をベースとした単一クラスとなる。コストキャップを導入することによって、参戦コストの圧縮も図られる。コストキャップについては、1ヶ月前、ECUを含んだエンジンの価格を75,000ユーロ以下とすることが公表されたが、その後修正されることが決まったようだ。ACOは、2011年のLMP2カーにGT2エンジンの使用を義務付けたこともあって、GT2エンジンの価格を抑えることで、GT2とLMP2の両方のカテゴリーの参戦コストの圧縮を図ることを目論んでいるようだ。
 また、BMWの様にセダンボディを使った場合のハンデも設けられる方向だ。
 音量制限は当然だが、燃費のルールも盛り込まれる方向で、時代にマッチしたカテゴリーを目指している。

 既にLMSのLMP2クラスで施行されているルールだが、強力なワークスチームとアマチュアが一緒に走らせるため、同じクルマを走らせても、プロフェッショナルクラスとアマチュアクラスの2つに分けることを発表した。

 ACOは、アウディが推していたGT3カーをベースとしたクラスに対しても興味を示していたが、FIAGT3カップがハンデキャップルールを採用しているため、それに代わる何らかのルールを求めていた。現在のところ、今年のルマンやLMSを見ても明らかな様に、GT2カーだけでも充分過ぎる台数の参加が見込めるため、GT3カーの導入は先送りされた。

 今年せっかく新しいクルマを開発したにも関わらず、たった1年でFIAGT以外に参加出来るレースが無くなってしまうGT1カーについては、Matechが開発したフォードGTについては、ドランエンタープライズが、Matechと基本的に同じジャック・ロウシュ/ロバート・イエールのフォードストックブロックV8を使ったフォードGTのGT2カーを開発して、ローバートソンレーシングが走らせて、昨年の岡山でもGT2のポールポジションを獲得しているように、直ぐにでもGT2クラスにコンバート可能だ。レイターのランボルギーニについても同じ環境であるようだ。
 エンジンと駆動方式を変更しただけでなく、ハンデキャップルールを前提としてFIAGT1選手権に参加しているニッサンGTRについては、FIAGT1選手権以外に完全に行き場は無くなってしまう。

 ちなみに会見終了後、日本のSuperGTのルールは検討したのか?との質問が出された際、ACOのヴァンサン・ボメニルは、最初意味が判らなかったようだが、議論の対象とはならなかったことを認めた。

6月6日
SpecialEdition プジョーとアウディのハイブリッドカーは2012年に登場!

Photo:Peugeot-Media

 現在アウディは、軽量コンパクトを狙った3.7リットルV6ディーゼルターボエンジンの開発に取り組んでいる。王者プジョーは、908がそうだったように、エンジンの能力を最大限引き出すことをポイントとして3.7リットルV8ディーゼルターボエンジンの開発をスタートしたようだ。
 この動きは、以前から予想されていたことで、何ら驚くものではない。もし、驚く部分があるとすると、元々ロードカー用をベースとして開発する予定だった3.7リットルディーゼルターボエンジンが、ロードカーのエンジンとは何の関係もない、レース専用として開発されていることだろう。
 既に2008年プジョーはシルバーストーンで908HYハイブリッドカーをデモランさせているし、アウディもハイブリッドカーの開発を行っているにも関わらず、2011年に登場するアウディとプジョーはハイブリッドではない。

 現在ACOは2011年に正式にハイブリッドカーのレギュレーションを施行する予定だ。Sports-Car RacingVol.19に掲載したように、ACOは既に大まかな骨子を発表している。詳しくはSports-Car Racing Vol.19を見て頂きたいが、ハイブリッドカーを開発するエンジニアにとって、最も困った項目は、現在のところ、ブレーキング時に電気を充電してエネルギーを蓄える回生ブレーキを、フロント車軸から取ることが出来ないことだろう。
 昨年までにACOは、フロント車軸からも回生を認めることを公表していた。しかし、フロント車軸で回生可能と言うことは、フロント車軸に発電機を設置しなければならない。発電機とは事実上電気モーターと変わらないのだ。
 フロント車軸に設置された電気モーター(発電機)が、駆動を行わないで、(ブレーキング時に)発電を行っているだけとは考えるのは難しい。もし、フロント車軸のモーターが駆動しているのであれば、ACOが禁止している4輪駆動となってしまう。

 先ほど、昨年までにACOはフロント車軸からの回生を認めたと述べたが、同時にACOは、フロント車軸に設けた電気モーターによって駆動してないことを証明することが必要とも、アナウンスしている。
 1994年以降ACOは、データロガーの設置を義務付けて、ターボエンジンの過給圧の測定を行っている。現在のところACOは、ハイブリッドカーを走らせるレーシングチームに対して、ターボエンジンと同様のデータロガーの設置を義務付けて、フロント車軸に設置された電気モーターのデータを収集することを検討しているようだ。しかし、容易にデータを改ざん可能であるため、有効な方法とは考えられていない。
 4月に行われたテクニカルミーティングの際ACOは、この電気モーターの状態を把握するデータロガーシステムの開発期間を考慮して、2012年よりフロント車軸からの回生を認めることを公表した。

 2012年からフロント車軸からの回生を認めるプランは、テクニカルミーティングが開催される前、どうやらアウディとプジョーには伝えられていたらしい。そのためアウディとプジョーは、早くもハイブリットカーのレギュレーションに対して意見を述べている。アウディとプジョーの両者は、テクニカルミーティングの前、もしかしたら話し合いを持っていたのかもしれないが、アウディとプジョーは、2012年からフロント車軸からの回生を認めることに対して賛成する一方、2011年に参加するハイブリッドカーに対してハンデを設けることを提案した。

Photo:Sports-Car Racing

 つまり、アウディとプジョーは、2011年にはハイブリッドカーを登場させないことを意味している。
 驚いたのは、既にハイブリッドカーを開発して実戦の場でテスト参戦を行っているザイテックだ。ザイテックは、昨年ALMSにハイブリッドカーによってテスト参戦する一方、来年以降エンジンやパドルシフトシステム等の様に、ハイブリッドシステムの販売を開始する予定だった。もしかしたら、来年LMP1に参加するザイテックスポーツカーの総てがハイブリッドとなるだろうし、他のコンストラクターが作ったシャシーを走らせるレーシングチームの幾つかも、ザイテック製のハイブリッドシステムの導入を検討している。既にハイブリッドは一般的となりつつあった。
 アウディとプジョーの主張は、このエコの流れを阻害するものであるため、もちろん、ザイテックは反対した。

 その結果、幾つかの事実が明らかとなった。従来ハイブリッドは、昨年のF1GPがそうだった様に、レースの分野で使用する場合、大きく重く複雑で、高価であるにも関わらず、大きなアドバンテージは得られない、と考えられていた。ところが、技術が進歩した結果、少なくともデメリットではないことが明らかとなった。ザイテックが販売を開始するだけでなく、アウディとプジョーがハンデを主張していることも、ハイブリッドが有効であることを証明している。
 しかし、アウディとプジョーは、ザイテックハイブリッドを警戒したのではないようだ。ザイテックハイブリッドを走らせるのは総てがプライベートチームであるため、童夢がザイテックハイブリッドを導入して、S102と組み合わせるような事件でも起きない限り、アウディとプジョーが、ザイテックの邪魔をする理由は無いだろう。

Photo:Porsche AG

 どうやら、アウディとプジョーが警戒したのは、ポルシェであるらしい。
 ポルシェは、、ウイリアムズGPのハイブリッドシステムをベースとしてスポーツカー用のハイブリッドシステムを開発中であることを明らかとしている。ハイブリッドシステムを組み合わせた997GT3Rがニュルブルクリンク24時間でトップを快走する一方、RSスパイダーのコンポーネンツを使用した918にもハイブリッドシステムを盛り込んでいる。
 918は、RSスパイダーにハイブリッドシステムを組み合わせて、ロードカーのボディを被せたスーパーカーであるから、直ぐにでもポルシェは、ハイブリッドスポーツカーを登場させることが可能と考えられている。
 現在のところ、噂のポルシェは、GT2カテゴリーに対してハイブリッドの導入を語り始めているが、LMP1については、水面下でACOと話し合っているだけで、動向を見守っている。
 たぶん数日後、ハイブリッドを巡る新たなニュースが飛び込んでくるだろう。

5月8日
SpecialEdition 2011年もLMP1で大排気量エンジンが使用可能?

Photo:Sports-Car Racing

 一ヶ月前には童夢が、そして昨日ペスカロロが、ルマンのエントリーを取り消した。2008年秋に勃発したリーマンショックを端とする経済の低迷は、スポーツカーレースに大きな影響を与えている。影響を受けているのはコンストラクターやレーシングチームだけではなく、エンジンビルダーも変わらない。
 スポーツカーレースにおける最大のエンジンビルダーはエンジンディベロップメント社、通称ジャドだ。ジャドはザイテックと共にスポーツカーレースのエンジンマーケットを二分している。

 2011年からLMP1のガソリンエンジンは、現在のLMP2と同じ3.4リットルNAもしくは2リットルターボとなる。ジャドとザイテックは共にLMP2用の3.4リットルエンジンも作っているため、一般的に既存のLMP1チームは、新たLMP2用エンジンを導入することによって、活動を継続出来ると考えられていた。
 ローラが今年開発したB10-60は、2011年以降3.4リットルエンジンに積み替えることを考慮して開発されている。

 ところが、トップカテゴリーのLMP1に参加するレーシングチームは、それまで下位カテゴリーだったLMP2用エンジンをそのまま使用するつもりはない。LMP2用だとしても、ワークスチームのために作られたHPD(旧アキュラ)とポルシェの3.4リットルV8は非常に高いポテンシャルを発揮する。3月初めにポールリカールで行われたLMS合同テストの際、HPDエンジンを搭載するHPD ARX-01cとRMLローラは、ザイテックやジャドを搭載するローラやザイテックを圧倒する最高速度を記録している。つまり、2011年にLMP1クラスで活躍するには、HPDエンジンもしくはポルシェエンジンを手に入れない場合、ジャドかザイテックが大々的な開発を決断するのを期待するしかない。

 元々ワークスエンジンだったHPDエンジンや、LMP1カーに勝つために作られた、LMP1カーより高価なRSスパイダー用のポルシェV8が非常に高いポテンシャルを発揮することは、ザイテックやジャドも充分に理解している。ところが、通常のLMP2クラスのレーシングチームにとって、高価なHPDやポルシェエンジンは分不相応な存在と考えられていたため、リーズナブルな価格でエンジンを供給するジャドやザイテックは歓迎されていた。

 ザイテックやジャドが、大きな資金を投じて3.4リットルエンジンを開発するのであれば、HPDやポルシェに匹敵するポテンシャルを発揮することは難しくはないだろう。しかし、そうして誕生するザイテックやジャドエンジンは、従来のLMP2エンジンとはかけ離れた高価なエンジンとなってしまう。

 ザイテックは、LMP1でもLMP2でも基本設計を同じとするV8で、シャシーも大きな違いはない。現在LMP1に参加しているザイテックチームは、4.5リットルV8を3.4リットルV8に交換するだけであるため、心理的にも容易に2011年カーを実現することが出来る。このような状況もあって、2011年総てのザイテックLMPカーは、3.4リットルV8を積んでLMP1に参加するものと考えられている。
 しかし、5.5リットルの大排気量のジャドの場合、現在使われている5.5リットルV10を3.4リットルV8に積み替えた場合、それまでのアドバンテージの多くを失うこととなる。しかも、トップクラスのガソリンエンジンのLMP1チームのほとんどは、アストンマーティンの6リットルV12 GT1エンジンか、ジャドの5.5リットルV10を使っているため、彼らは、非常に大きな判断を迫られている。

 この状況において、リーマンショックに端を発する経済の急激な低迷が、複雑な状況を演出することとなった。
 「直ぐに高いポテンシャルを持ち、しかもリーズナブルな3.4リットルエンジンが手に入らないのであれば、少なくとも2011年は従来の5.5リットルエンジンを使いたい」と考えるレーシングチームは少なくない。
 2010年ジャドはスイスのレベリオンの求めを受け入れて、GV5.5S2 5.5リットルV10の名称をレベリオンと名乗ることを認めた。現在のところ完全なバッジエンジニアリングだが、レベリオンジャドとして、正式に登録されている。
 元々レベリオンとジャドが契約した目的は、2011年を睨んで、3.4リットルV8を大々的に開発し直すためだった。しかし、最近になって、ジャドは2011年も5.5リットルV10を使用することをレベリオンに勧めている。

 少なくともACOのレギュレーションに従うのであれば、2011年に5.5リットルV10を使用することは出来ない。どうやら、ジャドはACOに対して、経済の急激な停滞を理由として、2011年も5.5リットルV10を使用することを求めているようだ。たぶん、2005年のLMP900がそうだったように、何らかのハンデを課すことを条件としているのだろうが、ACOの正式なテクニカルミーティングの場で話し合っている訳ではないらしい。しかし、レベリオンは2011年も5.5リットルV10を使用することを検討しているようだ。たぶん、ACOが2011年以降も大排気量エンジンが使用出来ることを発表していないためだろうが、現在のところ、レベリオンは、この件についてハッキリとは認めてはいない。
 ACOが躊躇する理由は、ジャドとマーケットを二分しているザイテックのLMP1カーが、2011年にルール通り一斉に3.4リットルにコンバートすることだろう。

5月7日
SpecialEdition アジアで行われるINTERCONTINENTAL Le Mans Cupは何処で? 信用を失いつつある日本

Logo:ACO

 既にACOは数度にわたってインターコンチネンタル・ルマン・カップについてアナウンスを行っている。しかし、アジアでの開催については、一切場所を明らかとはしていない。昨年12月最初にインターコンチネンタル・ルマン・カップについての発表が行われた際、日本語の資料が用意される等、アジアので開催は日本であると思われていた。
 その後昨年の様にWTCCとダブルヘッダーで岡山で行われるプランとオートポリスで開催されるプランの2つが噂されるようになった。岡山でのWTCCとのダブルヘッダーは昨年と同様のものらしいが、それはACOの目論みであって、具体的な話し合いを行っている訳ではないことが確認されている。
 オートポリスでの開催については、秋にオートポリスで開催されるアジアシリーズとの併催であるらしい。しかし、もし、アジアシリーズと同時にインターコンチネンタル・ルマン・カップを開催するのであれば、メインイベントはインターコンチネンタル・ルマン・カップであって、アジアシリーズは前座に過ぎないから、まったく別のイベントになってしまう。第一当のオートポリス自身、ルマンシリーズの開催について何も知らない。オートポリスでの開催は、アジアシリーズのどれか、たぶんBMWシリーズと、アジアでの開催に悩んでいるACOの誰かが話し合っただけらしい。

 その後プジョーは中国で開催されるのであれば、インターコンチネンタル・ルマン・カップに参加することを明らかとした。中国は現在世界最大のマーケットであるから、そこで行われるのであれば、自動車メーカーにとっては参加するための大きな理由が出てくるのだ。既に今年DTMは10月31日に上海でシリーズ戦を開催する。その理由が中国の巨大なマーケットを狙ったものであるのは良く知られている。
 メルセデスとアウディに意向をダイレクトに反映してシリーズを運営しているDTMと違って、ACOの場合、あくまでもACO自身がイニシアチブを握って活動を行っている。であるから、中国での開催が重要であることは判っていても、これまでACOは、中国でのルマンシリーズ開催の糸口さえ掴むことが出来ない状況だ。これまでも上海での開催について、ACOは何度もアプローチしている。そして上海サーキットを含む複数の中国のプロモーター達と話し合っている。しかし、その総てが失敗している。中には仮契約をかわしたプロモーターとの連絡がとれなくなった例まである。

 ACOにとって、これまで日本は大切なパートナーの1人と考えられていた。しかし、SEROによるJLMC開催の際、日本のメーカーが支援をしなかったこと、そして、その後童夢の林みのるやトムスの大岩湛矣の仲介によって、ACOが日本のビッグサーキットとルマンシリーズの開催を話し合った際、彼らはF1GPが大切であるとして、前向きに話し合いを行わなかったため、ACOからの信用を失ってしまった。そのたった1年後F1GPを巡る状況が一変して、日本のワークスチームが姿を消して、彼らがF1GP以外のビッグイベントとして、ルマンシリーズの開催を望むようになっても、現在ではACOが、日本のビッグサーキットとの交渉を躊躇するようになってしまった。
 どうして、昨年アジアンルマンシリーズが、ACOがWTCCと独自に交渉した結果、岡山で開催されるようになったか?理解できるだろう。

 日本は信用を失いつつあるのだ。童夢のルマン不参加を聴いた郷和道が、声明を発表した理由の一つはここにある。
 信用されないだけでなく、自分達で真面目にルマンシリーズを開催しようとしない、しかも、市場としても魅力に乏しい国での開催は、ACOにとっても、中国での開催が不可能となった場合のスペアに過ぎない。

 しかし、インターコンチネンタル・ルマン・カップ発表と同時に参加を表明したアウディは、インターコンチネンタル・ルマン・カップに参加する条件である、インターコンチネンタル・ルマン・カップ以外の2つのルマン格式レース(ルマン24時間は除く)としてLMSポールリカールとLMSスパ-フランコルシャンへ参加を決定して、既にインターコンチネンタル・ルマン・カップへ参加する準備を整えている。
 1ヶ月前中国で開催されることを条件としてインターコンチネンタル・ルマン・カップへの参加を発表したプジョーも、ALMSセブリングとLMSスパ-フランコルシャンへ参加するため条件はクリアしている。
 もし、日本でインターコンチネンタル・ルマン・カップが開催されるのであれば、アウディとプジョーの2大ワークスの対決を目玉ととして、1980年代のWECに匹敵するビッグレースが実現しそうだが、先に述べた様に、少々難しい。

 プジョーだけが11月に中国での開催を公表しているが、どうやら上海を想定しているようだ。しかし、現在のところ、何一つ確実な話ではなく、10月31日にDTMを開催する上海が、その数日後にインターコンチネンタル・ルマン・カップを開催するとは考え難い。土曜日ACOはスパでプレスコンファレンスを行うが、その際にも中国での開催の概要は発表されない。もしかしたら、状況について公表されるかもしれない。エントリー締め切りが5月末であることを考えると、何らかの内容が公表されるのだろう。

 ちなみに、インターコンチネンタル・ルマン・カップは中国で行ったとしても、日本でアジアン・ルマン・シリーズとしてルマン格式のレースが開催される可能性は残されている。しかし、その場合、既にインターコンチネンタル・ルマン・カップへ参加する条件をクリアしているアウディとプジョーはやって来ない。しかも、昨年と違ってACOは金を出さないだろうから、誰かが金を工面しなければならない。つまり、開催される可能性はない。
 今年日本でルマン格式のレースが開催され、少なくともアウディを見ることが出来る条件は、ACOが中国でのインターコンチネンタル・ルマン・カップの開催を諦めた場合に限られると考えるべきだろう

4月6日
SpecialEdition それでも日本はルマンを目指す  郷和道/チームゴウインターナショナル代表

Photo:Sports-Car Racing

Sports-Car Racing
 昨日童夢が2010年のルマンへのエントリーを取り消す発表を行いました。近年ルマンにおける日本の顔はチームゴウと童夢でした。童夢の撤退は、日本だけでなく世界中で大きな波紋を呼んでいるようです。童夢の撤退について、ご意見をお持ちのようですが、最初に童夢とのお付き合いについて、教えて下さいますか?

郷和道
 童夢さんとの最初の付き合いは1999年でした。1996年マクラーレンF1-GTRによって、全日本GT選手権(現SuperGT)のタイトルを獲得した後、私が目指したのはルマンでした。最初マクラーレンを走らせましたが、既にプライベートチームが走らせるGT1カーが活躍出来る状況ではないため、私はLMPクラスでの活動に切り替えました。
 1999年BMWから購入したBMW V12-LMを走らせました。しかし、1999年BMWは新しいV12-LMRを開発しています。プライベートチームにとって、毎年新しいLMPカーを導入することは不可能ですから、私は、独自にLMPカーを開発する方法を考えました。
 丁度その頃童夢さんが、ルマンへ復帰する機会を求めていました。私と童夢さんは同じ方向を向いていましたから、童夢さんがLMPカーを開発して、それを私が走らせることで合意しました。
 最初のステップとして、私が所有していたBMW V12-LMを童夢さんが改良することとなりました。童夢BMWは2000年に完成して富士スピードウェイでテストを行いました。童夢BMWは素晴らしいポテンシャルを発揮しました。
 童夢BMWの経験によって力をつけた童夢さんは、S101を開発しました。チームゴウが2台を導入してルマンで走らせる計画でした。売買契約が終了して、私が2001年の活動計画を練っていた時、私の状況に変化が起きました。
 プライベートチームですから、常に世の中の景気の影響を受けています。既に2台のS101はデリバリー直前でしたが、チームゴウで走らせるのは難しい状況となりました。
 そこで、チームゴウが購入した2台のS101をヨーロッパのプライベートチームに貸し出して走らせることとなりました。それがデンブラエビス/チームゴウの活動です。
 その後私はアウディと付き合うようになったため、しばらくの間童夢さんとは、同じ方向を向いたルマンの盟友としての関係でした。私は2004年にルマンで優勝することが出来ました。その後私は活動を縮小したため、2005年童夢さんがJimGainerと共にルマンに参加した際、ドライバーの荒聖治やチームゴウのスタッフの多くが参加しました。
 近年ルマンで大々的な活動を行った日本チームはチームゴウと童夢さんだけですから、日本でルマンの経験を積んでいるスタッフは限られています。2008年に童夢さんがS102で活動した際も、元チームゴウのスタッフの多くが参加しました。

Sports-Car Racing
 ありがとうございます。郷さんは、非常に苦労をされて、ルマンでの活動を行っていらっしゃいます。以前から、ヨーロッパで活動を行う場合の苦労をお聞きしていますが、そこら辺の状況について、お教え願えますか?

郷和道
 ヨーロッパのチームが、来週ポールリカールでテストを行おうと望んだ場合、コースさえ空いていれば、2日前に工場を出発して、何も問題なくテストを行うことが可能です。しかし、日本のレーシングチームの場合、ヨーロッパでテストを行ったりレースに参加する場合、ヨーロッパに拠点を設けなければなりません。
 スタッフを常駐させるのは、資金的に難しいですから、テストやレースのスケジュールに合わせて、大きな航空運賃を費やして、日本からスタッフを送り込まなければなりません。チームゴウの場合、マシンの開発はアウディが行いましたが、改良作業が皆無ではありません。そのため、2004年にルマンで優勝した際、私は多くのスタッフをドイツに常駐させました。ドイツに居る間、日本で行うべき、他の仕事は出来ませんから、大きなリスクが伴うことは判ると思います。
 童夢さんの場合、マシンを走らせるだけでなく、同時にマシンの開発も行わなければなりませんから、林みのるさんは、大きな資金的な負担をされていたと思います。
 日本だけでなく、北アメリカのALMSを闘うチームも、ヨーロッパまで遠征しなければなりません。しかし、ALMSの場合、1つのチームだけが遠征するのではなく、たくさんのチームが参加しています。冬でも暖かいフロリダでは、北アメリカだけでなく、ヨーロッパのトップチームの多くがテストを行っています。北アメリカのレーシングチームにとって、わざわざポールリカールに遠征しなくても充分なテストを行うことも出来ます。しかも、日本と違って、自分が呼ばなくても、ミケロットやポルシェのエンジニアは、サポートのため、セブリングまで来てくれます。
 北アメリカの場合、日本から参加するチームと比べると、比較出来ないくらい、ハードルは低いと聞いています。

Sports-Car Racing
 2008年のリーマンショック後、世界中で経済が低迷しています。中国を中心として復活する兆しありますが、モータースポーツの世界は冷え込んだままです。2009年童夢だけでなく世界中のレーシングチームが活動計画を縮小しました。ペスカロロの様に経営危機に陥ったレーシングチームも少なくありません。ここら辺の状況について、お教え下さい。

郷和道
  経済の低迷は、日本だけの問題ではありません。おっしゃる通り世界中のレーシングチームに共通した問題です。急激にユーロや米ドルのレートが低下したため、昨年一時的でしたが非常に安い価格でヨーロッパからレーシングカーを購入することも可能となりました。ご存じの様に、昨年私が行ったルマンプロジェクトは、偶然安い価格でポルシェRSスパイダーを手に入れたことが切っ掛けとなりました。
 私の例は偶然の結果です。現在安い価格でレーシングカーが売りに出されても、レーシングチームは、それを買う資金を捻出出来ない状況です。北アメリカのALMSの状況を見ると、理解出来ると思います。一時期ALMSでは5台のRSスパイダーが走っていましたが、現在ではジェントルマンチームの1台が走っているだけです。
 私は偶然安いRSスパイダーを手に入れたため、2009年無理を承知でルマンへ参加しました。経済状況を考慮すると、2009年に童夢さんがエントリーを取り止めたことは、正しい判断であったと思います。

Sports-Car Racing
 金を巡る状況について、ヨーロッパや北アメリカと比べると、日本のレーシングチームは特殊な環境にあるようですが?

郷和道
 ほとんどの日本のレーシングチームは、自動車メーカーからの仕事を請け負うことで成り立っています。ほとんどの場合、自動車関連企業以外スポンサーは期待出来ないため、自動車メーカーから仕事を請け負っていることが、レーシングチームが存続出来る条件となっているように思えます。ヨーロッパや北アメリカにあるような、独立したレーシングチームは、現在の日本ではJimGainerさんとチームゴウだけかもしれません。自動車産業の景気が良ければ、日本のレーシングチームにもたくさんの資金が流れ込んで、活発な活動が行えるようになります。
 20年前のバブルの時期を除くと、日本のレーシングチームの多くは、自動車メーカーに頼らなければ、大きな活動を行うことは難しい状況が続いています。
 しかし、この考えは、綺麗事と言うべきでしょう。
 自動車メーカーからの資金が入らないことを理由として、ほとんどのレーシングチームは、独自の活動を行おうとはしていません。やりたいことを明らかとしないのですから、支援する人々が現れることもありません。
 何も行ってないにも関わらず、彼らは、童夢さんや私の活動を見下している傾向があります。私はアウディのかいらいのような言い方をされましたし、童夢さんは、毎年無責任な非難に晒されているようです。
 自動車メーカーが、10年間何もしないで眺めていたことも、このような呆れた状況の理由でしょう。
 
日本で唯一のコンストラクターである童夢さんは、様々な自動車メーカーの仕事を請け負っているようです。残念ながら、自動車産業全体が冷え込んでいるため、童夢さんが、どんなに素晴らしい活動を行っても、自動車メーカーから、大きな支援を得ることは出来ない状況のようです。しかし、このような環境の中でも、童夢さんはハッキリとした目標を明らかとしたため、林みのるさんが必要な資金を捻出出来たのではないでしょうか?
 その童夢が2010年の活動を諦めたのですから、日本にとって大事件です。

Sports-Car Racing
 近年チームゴウと童夢はルマンにおける日本の顔でした。日本の自動車メーカーが参加しないにも関わらず、ルマンにおいて日本の信用を維持したのはチームゴウと童夢でした。この点を日本の自動車メーカーと日本のレースファンは認識しなければならないと思います。童夢が参加を取り消したため、2010年のルマンでは、ルマンにおける日本の顔であるチームゴウと童夢の両方が存在しないこととなります。

郷和道
 ルマンにおける日本の信用と言う点について、私も同じ様な心配をしています。1999年限りでルマンから日本の自動車メーカーが姿を消した後、ACOは日本に対して非常に好意的な対応をしてくれました。そのため、ヨーロッパからルマンにエントリーしたら、通常受け入れられることが無いようなレーシングチームでさえ、日本からのエントリーであることを理由として、エントリーを受け入れられました。もちろん、エントリーを受け入れられただけで、実際にレースウィークになって走り始めた途端、それらのレーシングチームは、例外なく桁違いの遅さによって、世界中からやって来たレーシングチームとたくさんの観客から嘲笑を浴びることとなりました。
 このことは、ルマンにおける日本の信用を失う大きな理由となっています。
 日本だけでなくヨーロッパにおいても、ルマンの名前を出すと、それが金儲けとなると考える人々がたくさん居ます。それらの人々は、抜かりなく世界中のレーシングチームの状況を探っています。多くの場合、活動を休止したレーシングチームやレーシングカーのオーナーから、マシンを貸し出すことを目論んでいます。マシンさえ手に入れてしまえば、金はドライバーが持ってくる、と言うのが、彼らの描く青写真です。
 童夢さんは、このような人々の餌食となっていたのではないでしょうか?

 童夢さんとチームゴウが共に居ない2010年のルマンは、日本に対するACOの信用を占う機会となるでしょう。ACOがどのような見方をするのか? 我々には判りません。ハッキリしているのは、ACOや世界中のスポーツカーレースファンから、日本に対する信用が失われるような時代となっても、日本のコンストラクターやレーシングチームはルマンを目指すことです。近い将来童夢さんやチームゴウは、条件さえ整えば間違いなくルマンへ復帰するでしょう。

**文責:鈴木英紀

4月1日
SpecialEdition 2010年の正解は何だ?

Photo:Sports-Car Racing

 2009年最大の問題は、JAF-GTルールに基づいて作られたGT300マシンより、ACO/FIA-GT2ルールのGT300マシンの方が速いと言うことだった。2009年素晴らしい速さを発揮したACO/FIA-GT2マシンは、ダイシンが走らせたフェラーリF430GT2とハンコック/KTRが走らせたポルシェ997GT3RSRだった。
 逆に2009年JAF-GTルールに基づいて作られた最新のGT300マシンは、JIMゲイナーのフェラーリF430とAPRのカローラだった。シーズンを通してハンデの大きさに苦しんだAPRカローラが上位争いに食い込めなかったのに対して、JIMゲイナーフェラーリは、シーズン終盤までタイトル争いを繰り広げた。

 2009年ACO/FIA-GT2の方が速かったのは明らかだった。2010年のシーズンのため、ACO/FIA-GT2マシンを遅くする一方、JAF-GTルールのGT300マシンを速くすることが見込まれていた。
 ところが、ダイシンは2010年の参戦計画をキャンセルして、ハンコック/KTRも活動計画が流動的だったため、昨年ACO-FIA-GT2ルールのフェラーリF430-GT2を購入したJIMゲイナーの動向をGTAは観察することとなった。
 2009年(JAF-GTの方が遅い)ルールに苦しめられたJIMゲイナーは、JAF-GTとACO/FIA-GT2のどちらが速いのか見極めた後、どちらを走らせるのか? 決定するつもりだった。

 ところがGTAは、なかなか2010年のルールを決定しなかった。そのためJIMゲイナーは、フロントのタイヤハウスが大きく、どのようなタイヤでも装着可能なJAF-GTルールに基づいて開発したフェラーリF430を使って、タイヤテストを開始した。テストを開始した段階でJIMゲイナーは、JAF-GTとACO/FIA-GT2のどちらのマシンを走らせるのか?最終的な決断を下してなかった。テストを開始しても、GTAはルールを決定しなかった。それどころか、GTAはJIMゲイナーのテストのタイムを参考にして、2010年のルールを決定しようとしていたようで、頻繁にGTAはJIMゲイナーにテストの際のラップタイムを知らせるよう連絡している。
 それでもGTAはルールを決定しなかった。GTAが2010年のルールを発表したのは、何と公式テストの1週間前だった。もちろんGTAの発表を待って、2010年のマシンを決定することは不可能であるため、JIMゲイナーは、それ以前にACO/FIA-GT2ルールで作られたミケロット製のフェラーリF430GT2を走らせることを決定している。

Photo:Sports-Car Racing

 2009年に期待されたJIMゲイナーフェラーリとAPRカローラは、JAF-GTレギュレーションを徹底的に活用して開発されたこともあって、最も厳しいルールを課せられていた。しかし、速いクルマを遅くする一方、遅いクルマを速くして、拮抗したレースの実現を旨とするSuperGTの場合、同じJAF-GTに基づいて開発されたGT300マシンであっても、たまたま遅いと判断された場合、様々な理由によって、ACO/FIA-GT2マシンと変わらない大きなリストリクターや軽い車重を許されたマシンも存在する。ここら辺が「SuperGTにはレギュレーションが存在しない」と言われる所以でもある。

 2010年GTAは、ACO/FIA-GT2マシンに対して、多少遅くなるようなルールを設けた。しかし、JAF-GTで作られたマシンには大きな変更を加えなかった。その結果、JAF-GTルールに基づいて開発されても、大きな開発を行っているマシンは速さを取り戻すことが出来なかったのに対して、遅いと判断されていたマシンは、昨年速かったACO/FIA-GT2マシンをも圧倒する速さを披露することとなった。
 開幕戦鈴鹿は、悪天候とアクシデントによって、成績が期待されたマシンの多くがレースから脱落している。2010年本当に速いマシンが明らかとなるのは、今週末に岡山で行われる第2戦を観察しなければならない。
*Sports-Car Racing Vol.19においてGT300の性能指針の特集を掲載しております。参照してください。


3月9日
SpecialEdition 第二のアストンマーティンを目論むレベリオン

Photo:Sports-Car Racing

 昨年Speedy/Sebahは、スイスの時計メーカーであるレベリオンから大々的な支援を受けることとなった。早速2008年シュロースレーシングが走らせたローラB08-60/アストンマーティンをAMRから購入してLMSとルマンに参加した。少なくとも速さにおいて、AMRのアストンマーティンDBR1-2と変わらないか、上回るポテンシャルを発揮した。
 その結果、2010年レベリオンは新たな計画をスタートすることを決心した。
 元々レベリオンは、レーシングエンジンの開発と関わることを望んでいた。出来ればマシンもレベリオンブランドであることが希望だった。早速Speedy/Sebahと話し合った結果、まず最初にSpeedy/Sebahへ出資を行って、チーム名をレベリオンと改名することが決まった。この改名は事実上の買収で、エンジニアリングスタッフは変わらない。

 レーシングエンジンの開発を直ぐ実行に移すことは出来ない。そこでイギリスのエンジンディベロップメント(ジャド)と交渉した結果、取り敢えずジャドGV5.5S2の開発にレベリオンが関わって、レベリオンV10と名付けることが決まった。と言っても、少なくとも現在はジャド自身が開発を行って、レベリオンは勉強中と言える状況であるようだ。2011年には新しい3.4リットルV8のレギュレーションが施行されるため、2011年に新しく開発されるジャドの3.4リットルV8はレベリオンV8と呼ばれるのかもしれない。AIMの90度V10と似たような状況なのだろうか?

 続いてローラに対して、レベリオンブランドの使用を求めた。既にアストンマーティンがローラB08-80をベースとしてCFDで作り替えたクルマをDBR1-2と名付けていたため、ローラとの話し合いはスムーズだったかもしれない。しかし、クラッシュテストを行ってホモロゲイションを得たのはローラであって、あくまでもレベリオン・ローラであるだけだった。アストンマーティンが、ホモロゲイションとは違うDBR1-2と、自分達で勝手に名前を付けてしまって、もめたことがあったため、レベリオンの最初のステップとして、レベリオン・ローラで妥協した。

 レベリオンは非常に大きな予算を計上しているようで、新たに新車のB10-60を導入する一方、B08-60もアップデイトパーツによってB10-60に作り替えられている。次々と優秀なドライバーとも契約した。今年ローラユーザーの中で最も大々的な活動を行うのはレベリオンで、ローラはナンバー1チームとしてサポートしている。
 同じことはジャドエンジンにも言えるかもしれないが、AIMが存在して、ORECAと共に高いポテンシャルを発揮しているため、現在のところ、ジャドにとってレベリオンはナンバー1ではないかもしれない。

Photo:Sports-Car Racing
ジャドGV5.5S2そのものだが、ヘッドカバーに描かれたREBELLIONの文字に注意
ローラB10-60のテイルエンドのフィンは1つ1つが小さく枚数が多い。リアカウルは、ORECAやプジョーと違って、平面で構成されている。

 今年LMP1のディーゼルエンジンとガソリンエンジンのポテンシャルの拮抗化を図るため、ガソリンエンジンには大きなリストリクターが設定されている。ジャドの様なレーシングエンジンを“屋根付き”に積む場合約700馬力を発生することが可能だ。もちろんディーゼルエンジンのワークスチームを打ち破る絶好の機会だ。
 アストンマーティンが、速さだけでなく、ルマンを睨んだ耐久テストに精を出している理由もここにある。

 ローラが開発した新しいB10-60のポテンシャルを引き出すことが出来れば、優秀なドライバーが乗り組むレベリオン・ローラは充分にチャンスがあると思われる。しかし、最初の本格的なテストとなったLMSポールリカールテストが、低温と強風の中行われたため、レベリオン、ローラ、ジャドの3者にとって、物足りない状況となってしまった。
 低温の対策のため、ラジエターダクトを塞いで走行するため、せっかく高速のポールリカールでテストを行っているにも関わらず、充分な空力性能のデータが収集出来たとは思えない。同様にタイヤが暖まらないため、想定したものとは違うサスペンションセッティングで走っていることも認めていた。

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ローラB10-60は、OAKが持ち込んだペスカロロP01EVOの改良版
同様、リアタイヤハウス直前のサイドボディが大きくえぐられている

 たぶん、ポールリカールを拠点とするORECA以外の総てのチームが同じ様な悩みを感じながら、今回のテストを行っていたのだろう。しかし、レベリオン・ローラは、ローダウンフォースのアストンマーティンを除くと、プジョーに次ぐ307km/hの最高速度を記録している。今後開発が進むにつれて、速さを発揮することだろう。
*Sports-Car Racing Vol.19においてローラB10-60開発についての記事が掲載されます。参照してください。


3月8日
SpecialEdition ジャガー復活 ACOのGT2カテゴリーは世界統一GT選手権の様相

Photo:Sports-Car Racing

 2週間前セブリングのウインターミーティングにおいて、ジャガーRSRは2010年のALMSとルマンで走るXKR GTのテストを開始した。昨年9月末ロードアトランタでXKR GTは発表され、その後ラグナセカで走っているが、その時のマシンはテストカーであって、どちらかと言うとトランザムカーだった。2週間前セブリングで走ったXKR GTが実際にALMSとルマンで走るマシンであって、ウインターミーティングに合わせて開発されていた。

 30年前ジャガーがスポーツカーレースに復活した切っ掛けは、北アメリカでXJSを走らせていたGroup44の活躍だった。Group44はトランザムで活躍した後、独自にGTPカーを開発してIMSA GTとルマンへ遠征した。しかし、ジャガーは、遅れてヨーロッパで活躍を開始したTWRを選択した結果、数年後Group44は活動を取り止めることとなった。
 今年ALMSとルマンに登場するジャガーRSRは、昨年までトランザムでジャガーを走らせて活躍したチームそのもので、1994年カニンガム時代のニッサン300ZXによってデイトナ24時間で優勝したポール・ジェンティロッティに率いられている。ポール・ジェンティロッティは、IMSA GTやトランザムの達人で、カニンガムのニッサン300ZXに乗る以前も、オールズモビルのワークスチームを率いて、IMSA GTで活躍していた。ポール・ジェンティロッティのオールズモビル・カトラスは、むしろ速さにおいて、カニンガムのニッサン300ZXやジャク・ロウシュのマスタングを上回る存在だった。ハコものについては北アメリカのヨースト的な存在と言っても良いだろう。
 その後フォードと契約してトランザムで活躍するようになった。近年ジャガーXKRを走らせて、コルベット相手にトランザムで活躍していた。しかし、ジャガー本体がフォードを離れてタタ傘下となって、しばらくの間トランザムジャガー計画は見直しの対象となっていたらしい。タタにとって、北アメリカ限定のトランザムは魅力ではなかったのかもしれない。一旦棚上げとされていたが、その後ルマンも含むGT2プロジェクトとして、ジャガーの北アメリカ部署(?)から再提案され、ジャガー本体が了承した結果、急遽全世界をターゲットとすることとなった。

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 どうしてルマンを含む計画が構想されたか?と言うと、ジャガー自身からは回答を得られなかったが、セブリングでALMSのスコット・アタートンが記者会見した際アタートンは、GMワークスのコルベットやBMWのワークスチームがGT2に参戦しており、GT2が非常に華やかであることを、ジャガーがGT2から復帰する理由として上げていた。ジャガーの顧客にとって、BMWやコルベット、ポルシェは常に購入する検討対象のリストの入っている。GT2は、これらのクルマよりも高価なフェラーリも一緒に走るレースであるから、GT2で勝つことは大きな宣伝効果があると語っていた。
 たぶん、ジャガーの理由も、スコット・アタートンと同じものだろう。

 昨年9月に走ったXKR GTの中身がトランザムカーであった理由はここにあった。その後、大急ぎでACOのGT2レギュレーションの研究が行われて、GT2バージョンの開発されたのだろう。
 ボッシュと開発したエンジン、リアのデフとミッションを一体のヒューランド製トランスアクスルを持ち、リアウイングのスティは、LMPカーのトレンドとなるつつある“スワンネック”だ。ヨコハマから専用タイヤの供給も決まった。
 セブリングに現れたXKR GTは、ホモロゲイションの関係があるらしく、ロードカーと変わらないパーツが彼方此方に使われていた。ロールケイジも含めて、今後大々的な開発が加えられることとなるだろう。
 セブリングテストの際シェイクダウンだったため、速いストレートスピードをアピールしただけで、本格的に走ることは出来なかった。ちょうど翌日からポルシェを走らせるファルケンチームがコースを借りていたため、そのままセブリングに残ってテストを行っているようだ。


2月5日
SpecialEdition プジョーからルノーへ ペスカロロはルノーと提携?

Photo:Sports-Car Racing

 昨日ルマンで2010年のエントリーリストが発表された際、心配されていたペスカロロがペスカロロスポーツとSORAレーシングの名前でエントリーされたことに多くの人々が安心したことだろう。
 SORAは、事実上ペスカロロスポーツを買収した会社であるため、以前のペスカロロスポーツは現在のSORAと言えるかもしれない。最近我々が見聞きしていたのはSORAの状況だった。親会社のSORAコンポジット自身、2008年以来の経済の低迷によって大きな影響を受けているため、昨年秋日本まで遠征したことは大きな驚きだった。2010年のルマンのエントリー申請についても、既にエントリーの権利を持っているにも関わらず、1月半ばまで流動的だった。エントリー締め切り直前になって、2010年のルマンへエントリーすることが決まって、急遽既に他のチームで登録されていたクリストフ・ティンサウ(と登録していたレーシングチーム)を説得して、エントリーにこぎ着けた。
 苦労していたのは、童夢だけではなかったのだ。

 ペスカロロは、アジアンルマンシリーズで勝って手に入れたエントリー権だけでなく、もう1つペスカロロスポーツの名前でも、2010年のルマンのエントリー権を持っている。そちらがどうなるのか?非常に心配されていた。大方の予想では、ペスカロロスポーツの名前でSORAがエントリーすると噂されていたが、どの噂も、どこかのレーシングチームが、ペスカロロの名前でルマンを走ると言う内容だった。
 ところが、これらの噂は重要なことを無視している。つい3年前、経営危機に陥ったクラージュを救済するため、ACOを中心とするサルテ県の有志一同が、クラージュとペスカロロを合併させようとした時、断固としてクラージュとの合併を拒否して、茨の道を歩むことを主張したのはペスカロロだった。そのペスカロロが、自分が苦労して獲得したルマンのエントリー権を他人に貸し出すこと等、100%あり得ない話だった。

 ところが、ペスカロロはルマンにエントリー申請を行った。そしてドライバーの欄には、ルノーF1GPの第3ドライバーであるタン・ホーピンの名前が記載されていた。ペスカロロスポーツのレーシングスーツを着て記者会見に臨んだアンリ・ペスカロロに対して、次々と質問が飛び、ペスカロロは、2人目のドライバーとしてヤン・シュロースと交渉中であると述べた。ヤン・シュロースの父親はシュロースレーシングのオーナーで、現在はアストンマーティンレーシング(AMR)のマシンを所有すると共に、AMRのバックを考えられている。であるから、ヤン・シュロースがルマンに参加するのであれば、アストンマーティンをドライブすると思われていた。そのためAMRは最後の1つの枠を残しているのだ。

 ヤン・シュロースは、2010年ルノーF1GPのリザーブドライバーとして契約したと言われている。少なくともルノーとそう発表している。しかし、現在アストンマーティンとの間で綱引き合戦が繰り広げられているようで、ヤン・シュロースは先週行われたルノーF1GPの発表会を欠席している。
 もちろん昨日ルマンで、ペスカロロに対してルノーがサポートするのか?との質問が飛んだ。記者会見の際ペスカロロはそれ以上は話さなかったが、記者会見終了後ルノーのサポートを希望していることを述べた。
 既に明らかとなったように、ルノー自身段階的にF1GPとの関与を縮小しようとしている。ルノーが、F1GPの次の目標としてルマンのスポーツカーを検討していたとしても、何ら不思議なことではない。
 第一ペスカロロは、ルマンについてフランス最大の英雄である。サポートを求められたら断る理由はないだろう。
*注:Sports-Car Racing Vol.18のペスカロロストーリーを参照してください


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