ライン

Special Edition

rogo1.gif
News
rogo2.gif
Special Edition
rogo3.gif
Calendar
rogo4.gif
Book
rogo5.gif
Shop
rogo6.gif
Link

Top


2012

2月2日                                                                                
SpecialEdition ルマンへ復活する童夢  ペスカロロ童夢の誕生!

Photo:Sports-Car Racing
ペスカロロと提携することによって、カラーリングも大きく変わるようだ。
このイラストは検討中のカラーリング案の一つ。

●童夢の復活
 2008年のルマンが終了した時、童夢の面々は、「次の段階への橋渡しは完了した」と判断していた。ところが、その直後リーマンショックが勃発した結果、童夢の計画は崩壊してしまった。リーマンショックのほとぼりが冷めると、童夢は、密かにS102の開発を再開した。2009年には1.6mリアウイングが義務着けられ、多少なりともダウンフォースを取り戻そうとしたエンジニアの努力によって、スワンネックが一般的に使われるようになった結果、童夢はS102にスワンネックでマウントされる幅1.6mのリアウイングを取り付けた風洞実験を行っている。2011年にシャークフィンが義務着けられると、シャークフィン付きのS102による風洞実験が行われた。2010年には、部分的にアップデイトしたS102によってテスト走行も行われた。
 充分なテストが行われた訳ではないが、可能性を見出すには充分だった。しかし、テスト走行まで行ったにも関わらず、林みのるは、魅力に乏しいとして、童夢自身によるルマンプロジェクトを棚上げにしてしまった。

 林みのるがルマンへの魅力を失っていた時期でも、童夢には様々なレーシングチームからジョイントの話しが持ち込まれた。幾つかの名の知れたレーシングチームだけでなく、送金依頼書を偽造してまで童夢とジェイントしようとしたレーシングチームも存在している。エントリーの期限が過ぎて、心配した童夢の担当者が連絡したところ、呆れた状況が発覚したこともあった。

 2011年夏頃から、再び林みのるはルマンへの魅力を見出したようだ。当時、その後ヨーロッパをどん底に陥れる通貨危機の勃発前だったことから、ルマンではアウディとプジョーが激戦を繰り広げていた。2012年にはFIAによってWECが行われ、富士スピードウェイでも開催される予定だった。しかし、林みのるの興味は少々違うところにあったようだ。

 当時ACOとFIAは、ディーゼルエンジンが圧倒的に有利だったレギュレーションの見直しを行っており、2012年には7%ディーゼルエンジンの性能が引き下げられる予定だった。
 到底ディーゼルエンジンのアドバンテージは7%だけとは考えられないが、林みのるは、童夢がルマンに復帰する良い機会と判断した。早速様々な調査が行われ、10月に林みのるは、2012年童夢がルマンへ復帰することを決心した。

Photo:Sports-Car Racing
この写真でも判る様、2008年のS102は、アウディを手こずらせる速さを披露した。

●待望の大きなフロントタイヤとジャドV8を使用するS102.5
 林みのるの決定が10月で、既に童夢がS102と言う、優れたベースモデルを保有していることを考慮すると、充分に早い決定であったと思われた。しかし、2011年ACOは新しいレギュレーションへ移行しており、ガソリンエンジンの排気量は3.4リットルに制限されていた。2011年は移行期間として、従来の大排気量マシンも、小さなリストリクターを装着することで参加が許されたが、2012年にはACOとFIAは、完全に新しいルールを施行する方針だった。

 林みのるの最初の計画は、2月中に日本でシェイクダウンテストを行って、その後ヨーロッパへマシンを送って、充分なテストを実施する計画だった。しかし、2月に新しいエンジンを搭載するマシンを走らせる場合、10月の決定は少々遅かった。
 高性能な3.4リットルのガソリンエンジンは、日本のFNやGT500でも使われているため、ジャドやザイテックだけでなく、少なくともルール上はトヨタ、ホンダ、ニッサンのFN/GT500エンジンも使用可能だった。ホンダの様に、北アメリカのHPDによるLMP1専用エンジンも存在した。2009年までLMP2に参加したポルシェも有力なエンジンビルダーだった。

 ところが、FNとGT500はルマンとはディメンションのルールが違うため、最適なLMPエンジンではない。このことは、2011年にトヨタのFNエンジンを搭載したローラをILMCで走らせたレベリオンの成績でも、容易に判断出来るだろう。
 2009年まで強さを見せつけたポルシェ、そして、そのポルシェと激戦を繰り広げたHPDは有力候補だろう。しかし、現在のトップレベルのLMPカーは、トランスミッションにパドルシフト機構が盛り込まれている。もし、これらのエンジンを使うのであれば、トランスミッションも含めた開発をやり直す必要があった。

 S102には、ジャドのGV5.5S2 V10エンジンと、ザイテック製のパドルシフトシステムを組み合わせたXトラック製トランスミッションが使われていた。ザイテックのパドルシフトシステムは電磁石を使い、非常に素早く確実な作動を行うが、ジャドのエンジンコンピューターと適合しなければ、確実な作動は得られない。2007年秋から2008年にかけて童夢は、ジャドのエンジンをコントロールするコンピューターとザイテックのパドルシフトシステムをコントロールするコンピューターの最良のセッティングを確立するため、何度もテストを行い、ジャドとザイテックのコンピューターの最良のセッティングを見出している。
 ザイテックエンジンは可能かもしれないが、もし、HPDやポルシェのエンジンを使うのであれば、この開発をやり直さなければならなかった。つまり、林みのるが定めた2月に走ることは到底不可能だった。
 その結果、従来のデータを活かして開発することが可能なジャドDB3.4 V8を使用することが決定した。

 S102の大きな特徴は、モノコックフレームの内側にエンジンを取り付けていることだ。カーボンファイバー製の特徴的なリアフレームを備えて、エンジンはその内側にレイアウトされている。元々S102が搭載していたジャドGV5.5S2 V10エンジンのバンク角が72度であるのに対して、DB3.4 V8エンジンのバンク角は90度であるため、我々素人は、S102のスリムなリアフレームの内側にエンジンが入るのか?と心配してしまうが、バンク角は広くでも、DB3.4 V8の全長はGV5.5S2 V10より100mmも短いため、一切フレームを改造することなく、DB3.4 V8エンジンはS102のフレームの内側に取り付けることが可能だった。

 S102が、このような特徴的なフレームを採用した理由は、可能な限り大きなフロントタイヤを履き、その大きなフロントタイヤの能力を引き出すため、前後の重量配分を極端に前寄りとするためだった。残念ながら、2008年にS102が誕生した時、ミシュランは、大きなフロントタイヤを間に合わせることは出来なかった。翌2009年ミシュランは、リアと同じ幅370mm、直径710mmの大きなサイズのフロントタイヤを開発した。しかし、大きなフロントタイヤの能力を引き出そうとすると、逆にリアのトラクションが失われてしまい、結局ミシュランは、新たなサイズのタイヤの開発に取りかかることとなった。

 そうして誕生したのが、幅を10mm狭い360mmとした新しいフロントタイヤだった。
 リアタイヤより幅が10mm狭くても、従来と比べられないくらい大きなフロントタイヤであるため、フロントタイヤに充分な荷重を与えることが、能力を引き出す条件となる。つまり、2008年からS102が求めていた最適なタイヤを手に入れた。
 軽量コンパクトなV8エンジンと大きなフロントタイヤを採用したことから、童夢らしくS102からS102.5と改名された。

Photo:Sports-Car Racing
2010年に作られたテストカー。テストカー故ジャドV10を搭載して、従来と同じ小さな
フロントタイヤを使うが、既に後方が盛り上がったリアフェンダーとスワンネックでマウン
トされる1.6mリアウイングが使われている。

●最良の空力性能と最良の操縦性を目標としたS102.5
 ほとんどリアと変わらない大きなフロントタイヤの能力を引き出すには、前後の重量配分をフロント寄りとするべきだが、前後長が100mmも短いエンジンを組み合わせることによって、S102.5は前後の重量配分を50:50とすることが可能となった。計算上リアよりもフロントに大きな荷重を与えることさえ可能であるようだ。
 しかし、大きなフロントタイヤによって、フロントノーズ床下のフロントのディフューザーのスペースは大きく削減されてしまう。2008年に童夢がミシュランへ大きなタイヤを求めた際、控えめに要求した最大の理由はここにある。

 大トルクのディーゼルターボエンジンを搭載するアウディ、そして強力なトルクを誇るハイブリッドのトヨタも同じタイヤを履くため、S102.5が成功するには、大きなフロントタイヤを活かす、絶妙な前後の重量配分が求められる。巨大なディーゼルターボエンジンを搭載するアウディは、3mを超える極端に長いホイールベースを採用することによって、前後の重量配分を前寄りとしている程であるため、少々空力性能に不安を抱えている。もし、トヨタがフロントに電気モーターを備えるのであれば、充分に前寄りの前後重量配分が可能となるだろうが、その場合、ノーズ床下のディフューザーのスペースが限られてしまう。
 新しいミシュランの大きなフロントタイヤの能力を引き出すことが出来るのは童夢だけと考えられている。

 しかし、フロント寄りの前後重量配分とした場合、ブレーキングやターンインで速さを発揮出来るが、リアの荷重が減るため、トラクションが確保し難くなってしまう。しかも、2009年以降ACOは、LMPカーに対して、幅1.6mの小さなリアウイングの使用を義務着けているため、リアのトラクションを確保するのが、デザイナーにとっての重要な仕事となっている。
 この相反する要求を満足させるため、エンジニア達は慎重な開発が求められている。
 現在のところ、S102.5の前後重量配分は極秘となっている。どうやら、セッティングに応じて、いくつかの選択が検討されているようだが、パワーを持たない童夢がルマンで成功する重要なポイントであるのは間違いないだろう。

 また、アウディのような巨大な3.7リットルデーゼルターボエンジンは当然だが、ハイブリッドにおいても、インバータやキャパシタ、そして電気モーターを冷やすため、大きな冷却能力が求められる。つまり、大きなラジエターが必要となるため、サイドポンツーンを低くコンパクトに仕立てるのは不可能だ。ところがガソリンエンジンの場合、たった3.4リットルの8つのシリンダーを冷やすだけであるため、非常に低くコンパクトなサイドポンツーンしか必要とされない。

 S102.5のサイドポンツーンは低くコンパクトであることから、デーゼルターボエンジンやハイブリッドカーよりも前面投影面積を小さく納めることが可能だ。ディーゼルターボのアウディやハイブリッドのトヨタがどんなに素晴らしい加速性能を発揮することが可能でも、前面投影面積が大きいことから、たぶん、最高速度は童夢S102.5の方が速いことだろう。
 大きなフロントタイヤの能力を引き出して、素早くターンインする操縦性、そして速い最高速度が可能なら、充分に蜂の一差しを期待することが出来るだろう。

Photo:Sports-Car Racing
この写真も少々前の風洞実験。シャークフィンが取り付けられ、後方が盛り上がったリ
アフェンダーと1.6mリアウイングが組み合わせられているが、ボディ全体はS102と大き
く変わらない。リアフェンダー上のスリットも存在しない時期。

●ペスカロロと連携する童夢   ドライバーは既にニコラス・ミナシアンとセバスチャン・ブルディと契約
 日本のレーシングチームにとって、ルマンやWECへ参加するには、新たなレーシングチームを組織しなければならないことが、非常に大きなハードルとなっている。2012年の計画のため童夢は、独自にレーシングチームを組織するのは難しいと判断していたようだ。つまり、ヨーロッパの優秀なレーシングチームと提携すること検討していた。
 2011年夏以降ヨーロッパで通貨危機の嵐が吹き荒れる中、様々なレーシングチームが活動を見直していたため、場合によっては、それらのレーシングチームの活動を肩代わりすることも可能だったかもしれない。この時期の童夢は、様々なヨーロッパのレーシングチームと交渉しているが、最も強力と思われたペスカロロとの提携を選択することとなった。

 2011年に復活したペスカロロのスポーツカーチームは、現在ペスカロロチームと呼ばれている。2010年まるまる1年間活動を休んだにも関わらず、フランスの英雄アンリ・ペスカロロが率いるスポーツカーチームは、テクニカルディレクターのクロード・ガローピンと共に、昔ながらのメカニック達が集結した。そして復活初年度、LMSにおいてシリーズ2位を獲得した。
 2011年の場合、ジャック・ニコレをはじめとする支援者の助けも大きかったかもしれないが、その実力は非常に素晴らしい。2012年の活動に向け、ペスカロロはチーフトラックエンジニアとしてリカルド・ディヴィラと契約していた。リカルド・ディヴィラは日本でも様々なレーシングチームで仕事を行っていたエンジニアであるため、知っている方々も多いことだろう。この様に復活したペスカロロへは、優秀なメカニックとエンジニアが集結しようとしていた。

 リカルド・ディヴィラは童夢とも旧知の仲だった。ペスカロロの強力な体制を知った童夢はペスカロロと話しを進めて、2012年の活動について、ペスカロロのスポーツカーチームと提携することを選択した。
 童夢はペスカロロと契約するまで、S102.5を日本でシェイクダウンさせた後ヨーロッパへ送り出す計画だったが、優秀なスタッフを抱えるペスカロロと契約したことによって、S102.5はルマンのペスカロロの工場で組み立てられることとなった。もちろん、シェイクダウンテストはルマンのブガッティサーキットで行われる。

 ペスカロロと提携することによって、ほんの少し余裕が出来たことから、現在シェイクダウンテストは3月初めに行うことを計画しているようだが、その時期ルマンシリーズの合同テストがポールリカールで行われる。
 童夢とは別にペスカロロは、01Evoの発展型にS102.5と同じジャドDB3.4 V8を組み合わせたニューマシンを用意している。ペスカロロは、このニューマシンの耐久テストをポールリカールのルマンシリーズテストで行う予定だが、同じ時期に予定されているS102.5のテストはシェイクダウンであるため、予定通りブガッティサーキットで行われる可能性が高い。

 既に童夢へはペスカロロのスタッフが入って仕事を行っている。充分な開発を行うため、多くのテストが予定されているが、童夢では、テストだけでなく、ルマン前のWECでもS102.5を走らせる計画を立てている。ルマン前に行われるWECはセブリング12時間とスパ-フランコルシャン6時間しかないため、もちろんスパ6時間でS102.5はデビューする。
 スパではトヨタもTS030をデビューさせるため、ゴールデンウィークの予定が決まってない方々は、渋滞の中富士を目指すのを止め、A380でフランクフルトへ飛び、スパまでアウトバーンを走るヨーロッパ旅行を計画するのも一考かもしれない。
 童夢とペスカロロの契約はルマンまでで終了するが、童夢は10月に行われるWEC富士はどうするのだろうか?

 ドライバーについては、既にニコラス・ミナシアンとセバスチャン・ブルディと契約した。セバスチャン・ブルディはプジョーのエースドライバーだったと考えられている。プジョーの計画が崩壊したことによって、何人かの元プジョードライバーがペスカロロと童夢へ売り込んだ結果、童夢は最も有能と考えられたセバスチャン・ブルディと契約したようだ。
 林みのるは日本人ドライバーを一人乗り組ませる計画だが、5月に行われるWECスパと同じ週にSuperGT富士が開催される予定であるため、現在のところ、最終的な決定を得ていない。もちろん、誰でも知っている優秀な日本人ドライバーだ。彼が乗らない場合、3人総てがプジョー出身のスプリンターによって、S102.5は操られることとなるかもしれない。
 しかし、ワークスチームと対抗出来る強力なドライバー陣であるのは驚くばかりだ。

 2012年の童夢は、これまでと違って、遊びや虚仮威しは皆無で、実質的な面で非常に強力な内容だ。もしかしたら、ドライバー陣まで含んだ内容は、史上最強の童夢スポーツカーチームと言えるかもしれない。
 蜂の一差しどころか、2012年のスポーツカーレースの行方を左右する大きな存在であるかもしれない。

Photo:Sports-Car Racing
ほんの少し前のS102.5。大きなフロントタイヤを履きながら、ノーズ床下の空気を吸い
出すため、フロントフェンダー後方を小さく絞っていることに注意。リアフェンダーやリア
ウイングの翼端板は、明らかに最終バージョンとは違う。

*Sports-Car Racing Vol.20にて特集記事が掲載されます


ライン

メール アイコン
Mail

Top